日本縦断ラン 85~86日目(宮城)

<85日目(6/25)>

宮城県・石巻市~宮城県・女川町

 

●石巻市発

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4時半起床

石巻から女川町を目指す。

 

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海岸沿いにどんどん進んで行く。

道の脇には、家屋のベースだけが残っている。

かつては、ここにも家が建っていたのだろうが、今は雑草が伸び放題の状態である。

 

車道は相変わらず、土木関係のトラックが多い。

 

●女川町

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女川町に入って、港町が遠くに見えてきた。

店の数が少し増えてきたが、地図によると町の中心はもう少し奥のようなので先へ進む。

 

 

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ところが、店は増えるどころか、周りは復興工事の盛り土だらけだ。

町が町でなくなっている

工事現場から巻き上がる砂塵が凄まじく、目を開けていられないほどだ。

 

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その盛り土だらけの景色にあって、一際目立つ立派な建物が女川駅

今春、運行を再開したばかりだ。

 

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また、小高い丘の上に標語が見える。

『女川は流されたのではない。 新しい女川に生まれ変わるんだ。』

 

そんな力強いメッセージの後ろに、たくさんの工事車両が休む暇なく復興工事を進めている。

建物は多く見当たらないが、何か大きなエネルギーがここには渦巻いている。

 

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駅に併設されている、温泉ゆぽっぽ

広い休憩スペースがあって、ゆっくりできる。

 

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さらに、駅の傍にあるフューチャーセンターは、

コワーキングスペース無料フリースペースを備える。

 

駅周辺にはこれからどんどん店も増えていくらしく、数か月後が楽しみである。

 

 

●女川での出会い

フューチャーセンターで作業や読書をしながら時間を過ごす。

しかし、こちらは夜9時までの営業。

 

駅前の広場で寝ようとしていたところ、声をかけられる。

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「家に泊まっていいよ」

と声をかけてくれたのは、地元の青年・山田さん

 

仮設の商店街に連れて行ってもらい、ビールを飲む。

なるほど、店はほとんどここに移されたようだ。

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地元の人達とも交って飲み、ワイワイやっていた。

 

やはりこの町のエネルギーは凄い。

地元の人が言うには、三連休の後に盛り土の高さが大きく変わっているそうだ。

復興のスピードが速い

 

[85日目・走歩行距離:16km]

 

 

<86日目(6/26)>

宮城県・女川町~宮城県・北上

 

●女川にて

昨晩は、山田さん宅に泊めてもらい、ぐっすり休んだ。

 

翌朝、朝食も頂く。

何から何まで本当に有り難い。

 

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なんと、山田さん。

歳は僕とほとんど変わらないが、その若さで既に自分のお店を持っている。

 

駅の奥にある仮設住宅広場で洋食屋を営業している。

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昼食に、ハンバーグとオムライスを頂く。

玉子の焼き加減が絶妙である。

酸味のあるトマトソースも美味だった。

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こちらの仮設住宅は、元々野球グラウンド運動公園であったところに建てられている。

 

さらに、一つ一つの建物がしっかりしていて、おしゃれだなと思ったら、

世界的な建築家・坂茂氏による設計なのだとか。

 

 

●女川発

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昼、女川を発つ

次の目的地は、南三陸町

地図上は海岸沿いなのだが、走るのはアップダウンの激しい山道である。

 

 

●再び石巻市

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再び、石巻市に入る。

市町村合併によって、女川町を囲むようにして石巻市があるのだ。

 

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石巻市は北上

北上川を渡った後は、しばらく海岸沿いの道を走っていく。

 

風が出てきて、海が少し波立っている。

汗が海風に冷やされ、寒気を感じる。

 

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道の傍には、建物の跡が見える。

未だに撤去されて

 

●過酷な野宿

南三陸町を目指していたが、予想以上に道がクネクネしていて距離がある。

女川からだと60km程か。

 

日も沈んできた

この日は、どこかで休むことにする。

 

・・・が、しかし。

 

寝るのに良さそうなところがない

 

ようやく見つけたガソリンスタンドの屋根の下で寝てみたが、

今度は、雨が降ってきた

 

最初は無視していたが、次第に笑えない程の激しい雨に変わる。

 

不幸中の幸いというべきか、近くにトンネルがある。

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トンネルで野宿するのは初めてだった。

 

とてもゆっくり眠れたものではない。

トンネルの中は、風の通り道になっていて寒いのだ。

雨でぬれた身体に海風が吹き付ける。

 

が、外は大雨である。しかも暗闇である。

 

寒さに震え、まともに眠ることも出来ず、なんだか切なくなった。

 

だが、トンネルで夜を明かした僕は一皮むけた気がする。

 

そして、深夜あのトンネルを通ったドライバーの何人かは

トンネルで横たわっている僕を見て幽霊と思ったに違いない。

 

[86日目・走歩行距離:35km]

日本縦断ラン 83~84日目(宮城)

<83日目(6/23)>

宮城県・東松島市~宮城県・石巻市

 

●陸前小野駅にて

昨晩は、陸前小野駅の横にあるベンチで野宿。

5時半頃、そろそろ出発しようかと準備をしていたら声をかけられる。

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駅のすぐそばに住む菅原さん

 

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そして、ご親切に朝食を振る舞ってくれた。

朝の6時にビールという贅沢な朝。

 

この周辺も震災で大きな被害を受けた地区である。

写真を見せてもらいながら、震災当時の話もしてくれた。

 

当事者の生の声というのは、やはり重い。

本人は特に悲観的に話しているわけではないかもしれないが。

 

何でもかんでもネットで簡単に情報が手に入る時代だが、それらのマス情報を信用し過ぎるのはどうかと思う。

もちろん、それはそれで上手く利用すればいいのであるが、

 

足で稼いだ情報

出来るだけ生に近い情報

といった質の高い材料で、物事を語ったり、議論したりしたいものだ。

 

自分は遠くにいて、ネットで手に入る情報だけで物事を分かった気になるのはどうかと思う。

 

ちなみに、菅原さんは旅人を見かけると声をかけずにはいられないそうで、

以前も日本一周中のライダーを自宅に招いたらしい。

 

興味のある方は、陸前小野駅のベンチで寝てみると良い。

きっと声をかけてくれるはず。

 

●石巻へ

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午前9時に出発。

今日は石巻市を目指す。

 

曇り空の下、軽快に走り始める。

気温も丁度良く走りやすい。

 

ただ、復興関係の大型車が巻き上げる砂塵が目に入り痛む。

 

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8km程走って、石巻市に到着。

それほど遠くない。

 

予想以上に都会だった。

道の両脇に立ち並ぶ建物群と交通量の多さから街の熱気が伝わってくる。

 

さらに市街地の方へ進んだところで休憩をとる。

 

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こちらは、とあるトイレの水道。

お湯が出るという。

南国の人間には物珍しい。

 

 

 

今夜は石巻で人と会う予定がある。

それまでの間、Wi-Fi環境のあるところでブログの更新等を進める。

 

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その夜、お会いしたのは市原さん

福岡を出て、現在石巻市で社会人1年目として働いている。

 

大学が一緒というわけでもなく、しかも勉強会で一度しか会ってないのだが、

今回声をかけてくれた。

 

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石巻の海の幸を頂きながら、様々な話題で話した。

 

ちなみに、真ん中の写真は、ホヤという東北特有の海産物だ。

見た目は貝に似ているが、貝ではないらしい。

足が早いため、この付近で新鮮なものを食べるのが良いという。

クセのある食感だが、僕は好きだった。

 

この日は、市原さんの自宅に泊めてもらうことに。

ありがとうございます。

 

[83日目・走歩行距離:10km]

 

 

<84日目(6/24)>

宮城県・石巻市

 

●石巻市内散策

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この日の午前中は、洗濯物などを乾かしたりしながらゆっくり過ごした。

 

市原さんは、朝早くから仕事へ。

 

洗濯を済ませ、自分もボチボチ出発する。

 

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石巻は、大きい道路沿いこそ商業施設やお店がたくさん並んでいて都会の街並みであるが、少し脇道に入ると津波の被害の爪痕が至る所に確認できる。

 

●日和山

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なぜか、こんなに険しい山道を上る。

途中からほとんど道ではなくなった。

どうやら登山口を間違えたようだ。

くっつき虫に盛大にくっつかれた。

 

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辿り着いたのは、町の南に位置する日和山

ここから太平洋を眺めることが出来、すなわち津波が流し去って行ったかつての町も一望できる。

 

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少し見にくいが、左が現在の街並み右が震災前の街並みである。

びっしり建てられていた建物がことごとく流されていて、同じ場所と思えない。

 

余所者ながらに、何とも言えない喪失感を覚えた。

太平洋はどこまでも続いているように見え、驚くほど静かだ。

それが、かえって自分の無力さを際立たせる。

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しばらく、この場所で何を考えるでもなく、ただ風を浴びていた。

 

その後、日和山の丘を下りて、レトロな街並みを歩いてみる。

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漫画の町は、商店街も駅も漫画のキャラクターたちが彩りを与えていた。

町内ラジオからBGMが丁度良い音量で流れている。

 

変な気分になった。

津波で多くの建物が流されても、残った人々は生き続けるのだ。

外からの人間からしたら、ここは“被災地”かもしれないが、ここにも日常はある。

 

きっと、どこも同じなのだろう。

どれだけ遠い場所へ旅をしても、そこにあるのは現実だ。

 

すると、なんだかどうでもよくなってきた。

 

この日は駅の裏のベンチで寝た。

先には進まなかった。

 

 

[84日目・走歩行距離:7km]

日本縦断ラン 81~82日目(宮城)

<81日目(6/21)>         

宮城県・仙台市

(福島県・南相馬市)

 

●福島県・南相馬市へ

 

昨晩、泊まった宿で誘われて急遽参加することになった南相馬でのボランティア

マイケルの運転で、福島県・南相馬市へ向かう。

 

自動車道の脇には、放射線量を示す看板が確認できる。

 

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南相馬市の鹿島にある仮設住宅に到着。

 

テレビでしか観たことのない風景があった。

仮設住宅は思った以上に小さい印象だった。

 

原発の放射能に関しては、情報が錯綜しており、どの情報を信用すれば良いのか分からない

仮設住宅の住人たちの中には、未だに先行きが見えないことに対する不安苛立ちを感じている人も少なくないという。

 

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今回のボランティアの内容は、仮設住宅の集会所でお茶会を開いてみんなでワイワイ楽しもうという簡単なものだ。

 

マイケル達は、4年前から仮設住宅の人達に食料や物資を配給する活動を続けてきたそうだが、

被災者とより深いコミュニケーションをとることも大事だということで、今回このような取り組みを初めて企画したのである。

 

 

ボランティアと呼んで良いのか分からないほど、普通に楽しんで、お茶を飲み、お菓子をつまみ、被災者の方々と話をしていた

 

僕は、「日本縦断ラン」の話をしたり、いつもやっている簡単なストレッチを教えたりした。

ボランティアの参加者には、外国人も何人かいるし、ヨガのインストラクターもいて、それぞれが自分の出来ることや、話せることを披露していた。

 

仮設住宅に住む人達が、こうした外からの刺激、あるいはエンタテインメントを少しでも楽しんでもらえたら、と思う。

 

 

●ボランティアを終え・・・

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僕たちの活動がどれくらい役に立ったのかは分からないが、

少なくともお茶会に集まってくれた方々の多くは、楽しんでくれたようだった。

 

ボランティアと言っても、実際にやったことは大したことはない。

「ボランティア」と声高に言うほどのものでもないかもしれない。

 

むしろボランティアをした側の人間が、逆に被災者たちから元気や力をもらうといった話をよく聞くが、

これは真実のようだ。

 

実際に震災を経験された方の言葉は重く、きっと当事者でない僕には想像も出来ないほど大変な思いをされていることと思う。

 

それでも、

「震災は酷い出来事だったけど、そのおかげで良いこともあった。」

そう語る南相馬の方たちには、強さと逞しさを感じた。

 

 

もちろん、被災者のすべてが立ち直ってるわけではない。

 

被災地の現状は一括りにできない

被災者の想いも然り、だ。

 

それは、マスコミの一元化された情報を鵜呑みにしていては分かり得ないだろう。

 

だからこそ、実際に被災地に足を運び、自分の目で見て、耳で聞くすることが大事だと思った。

恥ずかしながら、僕は被災地を訪れたことでようやく、震災という出来事にリアリティを感じた。

 

そうして被災地を訪れた人々がそれぞれの感性で感じたことを、それぞれの形で伝え、今後に繋げていくことが今の僕たちに出来ることなのだろう。

 

 

●仙台市~第二夜

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仙台市に戻る。

 

今夜は旅中で出会った鈴木さんご夫妻と会う。

写真を撮り損ねたが、夕食をご馳走していただき、たくさん話をした。

 

鈴木さんとは、山形県の山中で野宿をしているときにお会いした。

 

夜、山中のトイレで寝袋に包まっている僕は間違いなく不審者の姿であっただろうが、

それでも鈴木さん達は僕に声をかけた。

 

なんでも、その時僕が本を読んでいたから気になったそうだ。

何気ない行動でも、見ている人は見ているものだ

 

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採れたての新潟のイチゴまで頂いてお別れ。

梅鉢に戻って、みんなで頂いた。

 

[81日目・走歩行距離:0km]

 

 

<82日目(6/22)>

宮城県・仙台市~宮城県・東松島市

 

●仙台市発

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梅鉢を出発。

日本一周中のチャリダーにも会えたし、また素敵な出会いに恵まれたゲストハウスだった。

 

行ってきます。

 

次の目的地は石巻市

 

 

●塩釜~松島

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海風を浴びながらひたすら北へ走っていく。

 

多賀城から塩釜へと進んで行く。

内陸部に比べると、道も平坦なところが多く走りやすい。

街並みは途切れなかった。

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身体は軽い。

1km5分半のペースで軽快に走れている。

上手く疲労が抜けている感じがする。

 

その勢いで一気に20km走り、松島へ到着。

 

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『松島や ああ松島や 松島や』

 

と、ただ『松島』と連呼するだけの句が残るほどの景色だ。

 

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松島の中心街はすっかり観光地化している。

昼飯どきのおばちゃんたちの強引な客引きには少しうんざりした。

 

とはいえ、海のそばに建つ寺島々を結ぶ赤橋は、やはり風情がある。

 

少し外れへいくと、静かな港町も見える。

ここは静かだ。

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●東松島市

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松島の中心街を抜け、海沿いに進んで行く。

のどかな港町農道山道が続く。

 

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軽い峠を越えると、辺りの景色が殺伐としてきた。

 

そう、ここも津波の被害が大きかった地区である。

 

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今年の5月末に開通したばかりの新仙石線が見える。

 

 

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こちらは旧野蒜駅

現在はコンビニになっている。

 

線路は途切れ、津波の被害の爪痕がはっきりと残っている。

 

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当時の浸水の深さを示す印がある。

一階は完全に浸水してしまったようだ。

 

新野蒜駅はここより少し内陸側に建てられ、そこを新仙石線が通っている。

 

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45号線に合流すると、橋の向こうに街の建物が見えてきた。

ここは、鳴瀬

 

 

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綺麗な夕焼けで空が赤く染まっていた

被災地の荒れた景色を見てきたが、それでも空は息を呑むほど美しい。

良くも悪くも、人間は自然には敵わないのだろう

 

今日は陸前小野駅のベンチで野宿する。

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[82日目・走歩行距離:38km]

 

日本縦断ラン 79~80日目(宮城)

 

<79日目(6/19)>         

宮城県・亘理町~宮城県・仙台市

 

●亘理町

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昨日は、山元町から北上して歩き、亘理町というところに入ったところで休んだ。

 

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休んだのは、浜吉田駅

この駅から南は、震災の影響で運休中である。

 

実質、 終点駅のようなもので、駅前で迎えの車を待つ人々が多い。

ここからさらに車で遠くまで移動するのだろうか。

 

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近くのコンビニが、20時30分閉店と書いてあるのに、なぜか19時30分に閉まる

その閉店後のコンビニの前で睡眠をとった。

 

深夜には雨が降って何度か目が覚めたが、起床した4時半には雨が上がっていた。

海沿い特有の風冷えを感じる。

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●岩沼市

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しばらくは、田園地帯を歩いていく。

土木関係の大型トラックがよく通る。

 

たまに見かけるコンビニの駐車場にも土木のトラックばかり。

店の中も土木関係者らしき人達で溢れかえっている。

 

カップ麺など、保存の効く食料が多く陳列されており、逆にスイーツが売られている陳列棚のスペースは小さい。

 

途中、スコールが降った際、

「お、今日休みになるといいなー。」

と、土木のおじさんたちの会話が聞こえる。

 

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阿武隈川が太平洋へと流れ出る地点に差し掛かったところで、岩沼市に入る。

 

今日は昨日とは一変して、強い風が全身を叩き付けるように吹いている。

 

 

●海沿いを歩く

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まさに復興工事の真っ最中というような海沿いを通って行く。

まだ地図には載っていないような道なのかもしれない。

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海沿いに堤防を築かれているので、海そのものは見えない。

 

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さすがにここまで来ると、周りの雑草はぼうぼうで荒涼とした雰囲気だ。

 

鳥たちは居心地が良さそうにのんびりと空を舞っている。

 

 

あまり走る気にはなれなかった

まだ、足底が痛かったからというのもあったが、いろんなものに目を奪われてしまったからである。

 

 

●名取市~仙台市

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早朝から3時間以上歩いたところのコンビニで休憩をとる。

 

ここまで、何度も土木のお兄さんやおじちゃんたちに声をかけてもらった。

どこもかしこも工事ばかりしていて本当に忙しそうだ。

 

正午前に走り慢性的な疲労出す。

ペースは1km6分をちょっと切るくらい。

久しぶりに身体が軽い

 

足の状態も悪くない。

足底の痛みは、恐らくによるものだろう。

 

とはいえ、まだ強張りは酷い。

どこかで完全休養をとっても良いかもしれない。

 

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しばらく走ると名取市に入る。

仙台空港を前に左にカーブし、国道4号線に合流する。

 

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国道に合流したあとの景色はもう大都会のそれである。

相変わらずの凄まじい交通量だ。

 

その国道をさらにずっと行くといよいよ仙台市だ。

 

●きっちん奄美

 

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雨が降る中、走り続けて辿り着いたのは、

仙台市長町駅

 

この駅前に僕の地元・奄美の料理店がある。

名は「きっちん奄美」

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そう、村田町のコンビニで出会った方のお店だ。

今夜、オーナーと晴れて再会したのであった。

 

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お店は静かで洒落た雰囲気。

本場の島の居酒屋とはイメージがいささか違うかもしれない。

 

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まあこの静かな感じが僕は好きだ

 

ちなみに、ここ仙台では奄美料理はマイナー過ぎて、提供するのはほとんど沖縄料理だとか。

 

[79日目・走歩行距離:31km]

 

 

 

<80日目(6/20)>

宮城県・仙台市

 

●仙台市長町発

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昨晩は、市内にあるスーパーの軒下で野宿。

そして今朝は、マックに籠り、ブログ記事を書いたりしていた。

 

 

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今日はとりあえず、仙台市のゲストハウスを目指して走る。

山形市で泊まったミンタロハットのオーナーさんにオススメされた宿である。

 

軽い雨が降ったりしたが、温暖な気候だった。

じんわりと汗を流して走っていく。

 

 

●梅鉢

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ゲストハウス・梅鉢に到着。

 

部屋は満室であったが、ソファーで寝かせてもらえることに。

有難うございます。

 

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この宿もとてもアットホームな雰囲気で居心地が良い。

手作り感溢れる部屋の造りに温かみを感じる。

何よりオーナーさんをはじめ、集まる人達が温かい

 

いつものゲストハウスのように夜は様々な人を交えて、こじんまりとした宴会が行われる。

 

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そこで出会ったアメリカ人マイケル(左端)

堪能な日本語で話す彼は日本に来て13年。

東日本大震災以降、被災地でボランティア活動を続けているそうだ。

 

そして、明日は福島の南相馬市でボランティアをするらしく、そのメンバーを集めているという。

 

僕を含めた数人が参加することに

 

被災地を見ながら、何か自分に出来ることはないかと考えていたところだった。

それに、この日本縦断ランで南相馬は通って来てない。

思いがけない機会に恵まれた

 

津波だけではなく、放射能の被害にも遭っている地域だ。

これまで見てきた地域とはまた違う現状があることだろう。

 

 

[80日目・走歩行距離:8km]

 

日本縦断ラン 77~78日目(宮城)

<77日目(6/17)>         

宮城県・白石市~宮城県・角田市

 

 

●白石発

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久しぶりの布団で休んだ昨晩。

 

早起きの習慣が体に染み付いていて、5時半には目が覚める。

 

それからゆっくりと齋藤さん宅で会話などしながら過ごす。

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午前9時に出発。

空は雨模様

 

少し疲労が溜まっているようなので、天候や体調に合わせてボチボチ進む。

 

次の目的地は、修一さんのご実家・山元町へ行くことにした。

東日本大震災で大きな被害を受けた場所だ。

 

 

●峠越え

白石と山元の間には、角田市という町がある。

とりあえず、そこを目指す。

 

白石市街を抜けると、すぐに山に囲まれた峠道になる。

割と傾斜がある。

 

以前から右の足底に強張りがあったが、あまり酷くはなかったので先へ。

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途中から歩道がなくなるこの道。

交通量が少ないのが救いだ。

 

 

 ●角田市

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峠を越えて、角田市街に入る。

 

白石市と同じくらいの大きさの町だ。

大きな国道がない分、車通りは白石よりも少ないようだ。

 

町の少し奥にロケット発射台が見える。

角田のシンボルのようなものになっている。

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ところで、右足底の具合が良くないようだ。

10km過ぎたあたりから、力を入れる度に痛む。

多分、使い過ぎで強張っているのだろう。

 

もう一つ峠を越えたところに山元町はあるが、先は急がずにこの日は角田市で休むことに。

 

定番のヨークベニマルでブログ記事等を書きながら、閉店間際の値下げ惣菜を狙う。

 

 

[77日目・走歩行距離:22km]

 

 

<78日目(6/18)>

宮城県・角田市~宮城県・亘理町

 

 

角田市発

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この日の午前中も、ブログ記事の編集に時間を割く。

 

昼食には、光馬にオススメされたラーメン屋・翔屋味噌ラーメンをいただく。

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少しとろみがあってコクのあるスープが美味い。

 

正午に出発

足の状態が良くないので、今日はウォーキングで足の裏の強張りをほぐしつつ進むことにする。

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阿武隈川に架かっている橋を越えると、再び周りの景色は田んぼと山並みばかりになる。

 

橋のそばの運動公園では、中学生の陸上競技大会が行われていた。

この時期であれば、中学総体の県大会出場を懸けた地区予選大会だろうか。

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思い返せばもう10年前のことであるが、

僕も中学1年生の時に、この中学総体の地区予選で入賞して以来、走ることにのめり込んでいった。

 

あの時は、生活の全てが「中学総体」という大会を中心に回っていた気がする。

 

狭い世界ではあったが、あの時はあの時で楽しかったなあ、と思い出しながら

地元の中学生が走る姿を眺めていた。

 

それに、様々な体格の中学生たちは走るフォームも様々だ。

その中には既に綺麗なフォームで走る子もいれば、荒削りな走り方をする子もいる。

 

「あそこをこうすればいいのに」とか

「あの体格に合った走り方だな」とか、いろいろ思う。

この年になって中学生の走りを見るのも勉強になるのだ。

 

 

●山へ迷い込む

道なりに進むと、迂回を指示する看板が現れた。

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なんでも、この先のトンネルの歩道が狭いようである。

 

指示通りに迂回する。

 

道中には、励ましのような言葉も。

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「赤信号を待つのも人生

そんなに急いでどこに逝くの」

 

その通りだ。

ただ、最後の「逝く」という漢字に妙な深さを感じた。

 

しかし、

この迂回時かなり複雑なのである。

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いつのまにか完全に山の中に入ってしまった

さ迷いかけていたところ、地元の林業のおじちゃんたちと幸運にも出会う。

 

この道は、大通りには出ないとのこと。

 

何と。

あの看板はトラップだったのか。

 

・・・ということは、もちろんないのだが、何しろ地図が曖昧すぎて分からないのだ。

地図はしっかりしたものを信用しなければ

 

教訓である。

 

 

 ●山元町・亘理町

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峠を越え、山元町が見えた。

いわゆる“被災地”である。

 

あれから4年以上経ったが、僕にとってはこれが初めての被災地訪問となる。

 

 

ここに来るまで白石市や角田市などで出会った人達は、山元町に関して口を揃えてこう言った。

 

「あそこは何も無いよ。」

 

その時、僕は意味が解せなかった。

 

「何も無い」とはどういうことだ?

何が無いというのだ?

 

そして、僕は実際に山元の町を目の前にした。

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なるほど、確かにだだっ広い平地が見渡す限りに続いている。

視界を遮るような高い建物もない。

 

その奥には久しぶりに拝む海・太平洋が見える。

 

 

だが、もちろん何も無いわけではなかった。

 

がある。道路がある。田んぼがある。が通っている。がいる。

特に、再整備された国道には絶え間なく車が勢いよく走っていて、交通量は下手な都会のそれより多いだろう。

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けれど、何か変なのだ。

 

そう、全てが新しいのである。

家も道路も田んぼもビニールハウスも。

 

田舎でよく見かけるボロボロの空き屋や、廃れたお店の看板など、そういった古いものが見当たらないのだ。

 

そこには、人間が長い時間をかけて手入れしてきた歴史というものが感じられなかった。

 

 

僕は被災前のこの地を知らない。

 

 

もしかしたら、地元の人たちが言っていた

「あそこは何も無いよ。」

という言葉は、

本来そこにあるべき景色が何も無いという意味なのかもしれない。

 

 

僕は、どこまでも続いていきそうなその平らな田園をしばらく歩きながら眺めていた。

 

よく見ると、ところどころに瓦礫のようなものがある。

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無残なまでに壊れたバスや家屋

途切れてしまった線路

雑草が這う軽トラック

 

これでも負の遺産はだいぶ減ったそうだ。

 

この広大な平地に太平洋から弱い浜風が吹いている。

その風は、特に何の変わり映えのない至って普通のものだ。

 

4年前にこの地にあったものを全て流していった海は、今とても穏やかである。

 

 

 

[78日目・走歩行距離:19km]

 

日本縦断ラン 75~76日目(山形~宮城)

 

<75日目(6/15)>

山形県・東根市~宮城県・川崎町

 

●東根市発

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昨晩はほとんど眠れなかった

トイレの前は人の出入りが多く、そのたびに目が覚めてしまう。

 

その結果、半分意識があって、半分寝ているような仮眠状態が一晩中続いた。

 

もちろん疲れは十分に抜けない。

 

それでも日は昇る。

 

午前5時半東根市・大滝を出発する。

この先には、宮城県との県境があって、そこを越えると仙台市・作並だ。

 

気温は確か13℃くらいだったと思う。

吐く息が白かった

 

足底の筋肉や筋が固まってしまっていて、走りがぎこちない。

それに、起伏のある山道を走っていると足取りは重い。

1km7分を超えるペースでゆっくりと走っていく。

 

 

トンネルが見えてきた。

山形県と宮城県を隔てるトンネルだ。

 

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こちら、歩道がほとんどない

 

端っこに段差があるが、まさかこの上を歩けというわけではないだろう。

幅は片足をようやく置けるほどしかない。

せっかく段差を造ったのなら、もう少しだけ幅を広くしてほしかった。

 

 

●作並・熊ヶ根

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ひたすら山道を走っていく。

 

途中、標識に「作並まで3km」と書かれているのを見る。

 

走って旅をしていると、

この「作並まで3km」という言葉がエンドレスで脳内に響き続ける

そこで、休憩するなり食事をとるなりするのがモチベーションになるからだ。

 

が、しかし。

 

予告されていた3kmを過ぎても町という町が見当たらない

民家すらなく、温泉宿がポツポツと見えるだけだ。

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そして、4km、5km、6kmと進んでいく。

温泉宿すら見当たらなくなってきた。

民家が少しだけ増えてきたが、数えるほど。

 

まさか、このままお店の一つも見つからないまま作並を通り過ぎてしまうのか。

 

睡眠不足で、早朝から何も食べず、2時間走り続けていた僕は、ここで何か食べ物を補給することを心待ちにしていた。

 

しかし、とうとうお店の一つも見当たらなかった

 

田舎は時に残酷だ

 

その分、人の優しさが沁みるのだろう。

 

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仕方がないので、前へ進む。

 

右足の裏が軽く攣りかけている

疲労水分不足が原因だろう。

日差しが強くなってきて、意識も朦朧としてきた。

 

気持ちが折れそうだったが、

そこから5km程の道のりを歩いて進んでいく。

 

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ようやく目にしたコンビニは熊ヶ根駅の前。

約30kmぶりのコンビニだ。

 

助かった。

 

取り敢えず休もう。

今日は寝不足が結構響いている。

 

 

 

●川崎町

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熊ヶ根でしばらく睡眠をとった後、出発。

 

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またしばらく山道が続く。

次の町・川崎町までは24kmと、なかなかの距離だ。

 

さらに、川崎町までの道は国道を外れた交通量の少ない山道で、こんな標識もある。

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「クマ出没」

昨晩みたいに山中で野宿するのは危険だ。

 

途中から雲行きが怪しくなり、スコールが何度か降った。

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それまで陽の光をたっぷり浴びた灼熱の地面を大粒の雨が叩く。

 

急激に冷やされた地面と同じように、僕の脚の筋肉の火照りも雨によっていくぶんか冷やされた。

 

それで身体は少し元気になった。

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川崎町内まで、あと15km

 

路側からじろじろとこちらを見てくるサルたちにも気にかけず前へ進んで行く。

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そして、どうにかこうにか川崎町に到着

今日は久々に50km近く進んだ

 

決して大きい町ではないが、やはり人里に下りてくると安心する。

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安心・・・する。

 

今夜は地元のスーパーの軒下で野宿だ。

 

 

[75日目・走歩行距離:47km]

 

 

 

<76日目(6/16)>

宮城県・川崎町~宮城県・白石市

 

●川崎町発

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午前5時に出発。

霧が凄い

 

再び山の中に入っていくと、さらに霧が深くなる。

300m先は視界が霧に覆われている

 

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すぐ近くでは、聞いたこともないような鳥の鳴き声がする。

 

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そして、

細かいアップダウンが続く山道を走っていくと、川崎町から村田町へ入る。

 

早朝から交通整理をしていた川崎町の町長と出会い、少し話した後、元気よく送り出され、僕は村田町へ駆けていく。

 

 

●村田町

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村田町に着いた。

 

ここのコンビニでも思わぬ人物との出会いがあった。

 

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仙台奄美料理店を営んでいる方だ。

彼の母親が奄美の方だそうだ。

 

まさかこんな東北のはずれの町で奄美の人とお会いするとは。

 

仙台を通るときは、お店に寄っていくと約束して別れた。

 

 

●蔵王町

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次は蔵王町

 

山形県と宮城県にまたがる蔵王山は、どちらの県に所属するのかはっきりしていないらしい。

そんな蔵王山を右手に眺めながら、白石市へ向かう。

 

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左手には、少し離れたところに東北自動車道が伸びている。

 

自動車道は間近にいると騒がしくて危険で仕方ないが、遠くから見てみると面白い。

あれだけ多くの車、そして人間が空間移動しているのだ。

 

あの道が、どこでも何でも手に入る現代の日本を支えている。

 

 

●白石市

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白石市に到着。

これまで通ってきた町と比べると大都会だ。

 

ここで友人と会う約束なのだが、夜に合流することになっているので、

それまで白石城を軽く見学する。

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白石城は伊達政宗の忠実な家臣・片倉小十郎の居城だ。

ちなみに、片倉小十郎というのは襲名である。

 

城は町のど真ん中に、さり気なくそびえ立っている。

 

観光案内所・お土産屋さんには、僕以外に誰もお客さんがいない。

せっかく立派なお城なのに少し寂しいな、と思った。

もちろん、平日の昼間ということもあるだろうが。

 

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夜、齋藤家にお邪魔する。

福岡の旅関係のイベントで知り合った光馬とその父・修一さん

 

とても仲の良い素敵な家族だ。

美味しい食事と会話を楽しんだ。

 

登山家であるお二人はとても逞しい印象だ。

強さをひけらかさないところが格好良い。

 

 

旅とはなんぞや。

凄いと言われるために旅をしているのではない

 

それどころか、

 

旅をすればするほど、

自分は凄くない、小さな存在だ、と気付くのだ。

 

 

本当に強い人は、自分が弱いということをよく知っているのだと思う。

だから、そういう人たちは自分の強さをひけらかさないのだと思う。

 

不完全であるはずの人間が見栄を張り続けるのは滑稽だ。

 

 

[76日目・走歩行距離:33km]

 

 

日本縦断ラン 73~74日目(山形)

<73日目(6/13)>

山形県・山形市

 

●山形市にて連泊

 

山形市の宿、ミンタロハットの居心地が良いので連泊

スケジュール的にも急いでいない。

 

昨晩は、深夜2時半までゆんたくが続き、就寝したのは深夜3時

 

だが、昨日の昼間にしっかり休んだこともあって、

今朝は5時半起床

 

軽く汗を流しに、山形城の周りを走って来よう。

 

●霞城公園・山形城

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山形城の周りには、博物館美術館野球場もあり、

そこら一帯が市民の憩いの場となっている。

 

久しぶりに、バックパックの重みから解放されて走る。

ペースはゆっくりだが、やはり走りの感覚が全く違う。

 

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緑に囲まれて、砂利道などの不整地を走る。

これが良いリラックスになる。

 

公園内には、ラジオ体操をしている年配の人々がいる。

ジョギング散歩している人々、少年野球チームをポツポツ見えてきた。

 

穏やかな土曜日の朝だ。

 

40分程走り、軽く汗を流したところで宿に戻った。

 

 

●ミンタロ英会話レッスン

 

宿に戻って朝食をとり、他のゲスト達と話をしたりして過ごす。

午前10時から、昨日と同様に英会話レッスンが始まる。

 

興味があったので、僕も同席させてもらった。

 

英会話からどんどん話が盛り上がり、終いにはほとんど日本語でお喋り

 

まあ楽しかったから良いのである。

 

地元の方でなければ知らないような歴史話も沢山聞けた。

歴史というものは、案外、口伝によるところが重要なのかもしれない。

 

 

●ゆんたく~第二夜

 

そして、今夜もゆんたく

登山をしに来た方たちや、越県した高校生の息子に会いに来た福島のご夫婦

素敵な民謡を披露してくれた方。

オーナーとそのお仲間の方たちの合唱も聴けた。

 

常連さんから、初めての方まで、賑やかなゆんたくの時間が今宵も流れる。

 

宿代にお金をかけたくないのであれば、毎日野宿していれば良い。

寝ることだけが目的であれば、それが一番安上がりである。

 

それでも僕がゲストハウスに足を運ぶのは、

寝るだけではない別の魅力があるからだ。

 

[73日目・走歩行距離:6km]

 

 

<74日目(6/14)>

山形県・山形市~山形県・東根市

 

●山形市発

2日間お世話になったミンタロを発つ。

人と話して、ぐっすり眠って、体力・気力共にしっかり充電できた。

素敵な時間をありがとうございます。

 

 

山形市を出た後はぐるっと右にカーブを描いきながら進み、宮城県白石市を目指す。

そこで友人と会う約束があるのだ。

 

白石市は、方角的には山形市より東南に位置するため、南下することになる。

 

この日本縦断ラン、全然最短ルートを行っていない

この迷走感が良い。

いっそのこと日本迷走ランでも良い。

 

 

●天童市

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10kmちょっと走って辿り着いたのは、

山形県・天童市

 

将棋温泉が有名な町だ。

 

巨大な王将の駒を掲げているお店が何度も目に入る。

歩道のタイル将棋盤になっているところもある。

 

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日曜日ということで、道の駅・天童温泉家族連れでごった返していた。

何やら公園でイベントもやっているようだ。

 

この先の長い山道に入ると、こういう人影も見かけなくなるのだろう。

 

●東根市

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道なりに進んでいく。

道が狭くなっていき始め、気付けば、東根市に入っていた。

 

さくらんぼ園が両脇に何度もその姿を現す。

 

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その奥には、山形県と宮城県を隔てる奥羽山脈が見える。

その均整のとれていない山の姿は荘厳だ。

僕では想像もつかないような長い年月をかけて形成された姿なのだろう。

 

 

緩い上り坂をしばらく走っていくと、山がその姿を次第に大きくしてきた。

 

この道は国道48号線で、山形市と仙台市を結んでいる

そのため、道幅の狭い山道ではあるが、その交通量は大変多い

もちろん、の話だ。

歩行者は見かけることはできない。

 

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山並みの奥へと進んでいくと、大滝というちょっとした観光スポットに辿り着く。

 

この先の作並温泉までは、15km程で、それまではお店も何もないという。

今夜は、ここで休むのが賢明そうだ。

 

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夕食に串団子を一本頂く。

観光地値段なので、あまりたくさん食べれないというのが正直なところ。

 

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それにしても、この場所、これまで野宿してきた中で一番の山奥だ。

 

幸い、男子トイレと女子トイレの間にベンチがあって休めそうなところがある。

ここだと夜の冷え込みもしのげるし、車通りも多いのでクマが出る確率は低そうだ。

 

しかし、夜でもそこそこの交通量がある道のトイレである。

人の出入りが多い

毎回とは言わないが、頻繁に目が覚めてしまう

 

とはいえ、全く人気のない暗闇の山中で寝るよりはマシだ

そう思いながら細切れに睡眠をとる。

 

 

[74日目・走歩行距離:29km]

 

 

日本縦断ラン 71~72日目(山形)

<71日目(6/11)>

山形県・南陽市~山形県・上山市

 

●南陽市発

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午前3時半

寒さで起きる

 

外はもう明るくなり始めている

九州と比べると、明るくなるのがやはり早い。

とか、思うが

 

とにかく寒い

 

ほとんど休めていないが、とにかく歩いて身体を温めたいところだ。

寝袋を身体に巻きつけながら歩き始める。

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吐く息が白い

やはり、気温は5℃を切っている気がする。

 

田んぼに張られた水が、一層あたりの空気を冷やしている。

 

建物はほとんど見えない。

たまに民家がポツポツと姿を見せるだけだ。

 

時刻はまだ朝4時半

さすがにこんなに早朝では車も少ない。

 

しかし、早朝ランをしているランナーは見かけた。

走り方とそのスピードからして、かなりの上級者と見える。

 

実力のある人は、やはり人知れず努力しているものだ。

華々しい実績などは、氷山の一角に過ぎない。

 

 

●クマ鈴、初装備

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1時間半ほど歩いたところで、小さい脇道に入る。

次の目的地・山形市方面へ行くには、ここで東へ進路をとり、大道へ合流する必要がある。

上の写真で言うと、右の小道である。

 

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これがまた、クマの出そうな雑木林だ。

 

そこで、こいつの出番である。

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クマ鈴

クマに対して、人間がいることを知らせることがまず大事なんだとか。

 

ただ、人間がいるからといってクマが逃げるとは限らないので注意。

 

 

●上山市

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かなりアップダウンのある道だったが、距離にすると6km程と短かった。

 

人里が見えてきて一安心する。

 

クマには遭わなかった。

 

クマ、クマばっかり言っているが、実は少し見てみたい。

遠くからなら。

 

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上山(かみのやま)市に入る。

国道に合流した途端、交通量が一気に増えた。

 

郊外から、市街地へ車の列が流れていく。

そういえば、まだ朝の8時か。

やっと通勤の時間帯である。

 

午前中とは、意外と長いものだ。

 

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しばらく、走っていくと上山市街地に入る。

 

静かな城下町だ。

 

雰囲気は静かであるが、

子供たち高校生が多く見えて、明るい印象だ。

 

ここの子供たちも屈託のない笑顔で、見知らぬ僕に挨拶をしてくれる。

 

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そして、この町もやはり温泉街である。

 

お決まりの足湯タイム

今日は早朝から動きっぱなしだったので、眠い。

 

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上山城一帯の雰囲気も素晴らしい。

 

綺麗に整備された月岡公園は、多種の植物や池があって城の周りを囲んでいる。

また、城のそばには、武家屋敷が往時の趣を残したまま軒を連ねている。

 

公園からは、上山市街地が一望できる

丘に吹く風は少し肌寒かったが、陽が差せば暖かく、心地良い初夏の陽気だ。

 

昨晩あまり休めなかったので、思わずここでしばしの睡眠をとった。

 

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午後は、近くのショッピングモールにて、

ブログを書いたり読書をしたりして過ごす。

 

ここにも、スーパーのヨークベニマルがある。

もちろん目的は、閉店間際の値下げ惣菜だ。

 

この日の夜はそれほど冷えなかった。

 

 

[71日目・走歩行距離:24km]

 

 

<72日目(6/12)>

山形県・上山市~山形県。山形市

 

●上山市発

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5時起床

この日は先に朝食をとり、読書などをしてから、上山市を出発。

 

空模様は曇天

少しだけ肌寒い。

 

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右手に蔵王山を眺めながら、北上し山形市を目指して走る。

 

雨が降ってきた。

それほど強い雨ではない。

 

●山形市

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山形市街地に入る。

かなり大きい街だ。

少なくとも、僕の目にはそう見える。

 

現代的なビル群を見るのは久しぶりだ。

栃木県・宇都宮市以来だろうか。

 

雨が降り続いている。

今日は、街をゆっくり見て回るのは得策ではなさそうだ。

 

 

●ゲストハウス・ミンタロハット

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山形市街にあるゲストハウスを訪ねる。

名は、「ミンタロハット」

 

民家風のゲストハウスだ。

僕が訪ねた時には、地元のマダム達が英会話レッスン中

とてもフレンドリーに歓迎してくれた。

 

そして、ここにきて初めて山形のさくらんぼをいただく。

今が旬

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ところで、

山形の人たちは、当たり前のように旅人を輪に入れてくれるような気がする。

 

江戸時代山形藩は、領主が何度も変わった歴史があるそうで、

そのときに外からの文化を柔軟に取り入れる風土が育ったのかもしれない。

 

そして、個人的に山形弁ののんびりした話し方が好きだ。

僕も喋るのが遅いので、なんだか勝手に落ち着くのである。

 

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用意してもらったのは、シンプルで落ち着いた個室

適度な距離感もあって良い。

 

布団に横たわった途端、疲労感がどっと身を覆う

 

最近、野宿続きでよく休めていなかったのだろう。

この日の午後は、ずっと寝てしまっていた。

 

 

 

 

 

●ゆんたく

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ミンタロでは、毎晩19時半頃から、

ゆんたくが始まるらしい。

 

ゆんたくは、沖縄の言葉で、

みんなで集まってワイワイお話するとかいうそんな感じだ。

 

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今日もいろんな人達との出逢いがあった。

今宵も楽しい時間を過ごすことが出来た。

 

時間だけは皆に平等だ。

結局最後に残るのは、どれだけ豊かな時間を過ごしたか、だと思う。

 

シンプルに、生きたい

 

 

 

[72日目・走歩行距離:15km]

 

日本縦断ラン 69~70日目(山形)

<69日目(6/9)>

山形県・米沢市~山形県・高畠町

 

●米沢市発

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午前中はブログ記事の編集などに時間を割き、

午後、米沢市街を出発する。

 

空模様は若干の雨

だが、弱い雨で、雲もそれほど厚くはないようなのでボチボチ進んでいく。

 

ペースは1km6分半ほどで、ゆっくりと。

 

道中、反対側の歩道を歩いている子供が、大きな声で

「こんにちはー!」

と、こちらに挨拶をしてくれる。

 

わざわざ、そんなところから大声で。

良い大人になるよ、君たち

 

 

●高畠駅

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喜多方でお会いした佐藤さんに勧められて足を運んだ高畠駅

なんと、駅の中に温泉がある。

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少しメルヘンチックな外見の高畠駅は、

単なる駅ではなく、住民の憩いの場となっているようだ。

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外庭にもリラクゼーション音楽が流れている。

ここいらで、少し腰を据えて、読書をしたりした。

こういった“空間”を創ることってやはり大事だな、と漠然と思う。

 

ところで、

高畠駅というぐらいだから高畠の町はもうすぐそこかと思いきや、ここから5km程離れているらしい。

 

この思わせぶりは、流石。

逆に足を運んでみたくなったので、そのまま高畠町の中心を目指す。

 

 

●高畠町

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5km程走って、高畠町に到着。

山に囲まれた静かな町だ。

 

遠くに見える山々の頂きは、雨雲に隠れている。

どこまでも続いていきそうな山並みの景色に少し威圧される。

 

この日、野宿場所として目を付けたのは、

山形県ご当地のスーパー・ヤマザワの前。

 

夕食として、閉店間際に値下げされる惣菜を狙う。

夜10時閉店なので、9時を過ぎたら惣菜が半額以下になるのだ。

 

これ、400円くらいあれば、結構な食事が買える。

野菜不足を補うチャンスでもある。

 

同様の思惑でやってくる地元のおじちゃん、おばちゃんも多い。

妙な親近感が湧く。

 

こうした地味な行動が結構楽しい。

 

夜10時にもなれば、辺りは暗闇

車の騒がしい音も聞こえない。

 

今夜は、良く眠れそうだ。

(野宿の割には。)

 

[69日目・走歩行距離:13km]

 

 

 

<70日目(6/10)>

山形県・高畠町~山形県・南陽市

 

●高畠町発

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4時半起床

今日も、曙の光に起こされる

 

丁寧に体操をして、5時半に出発

この朝方生活を、旅が終えても継続したいものだ。

 

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雲が流れていき、青空が顔を覗かせる。

気温も高すぎず、低すぎず、走りやすい。

 

●南陽市

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間もなく、南陽市に入る。

 

まだ朝早い時間帯なので、車通りも少ない。

大きく呼吸しながら、ゆっくりとリズムを刻んで走る。

呼吸は乱れていないが、陽が昇ってきてじんわりと汗をかく。

 

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建物が増えてくる。

 

赤湯温泉街だ。

 

「また、温泉か。」

と、思われるかもしれないが、

別に温泉街ばかり目指して走っているわけではなく、

山形県は本当に温泉が多い地域なのだ。

行くところ行くところに温泉がある。

 

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そして、入らずにはいられない

足湯

小野川の湯に比べると、いくぶん温度は低い。

 

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風が強く吹き、のぼり旗は激しくたなびく。

両脇の山から吹いてくる乾いた風が、初夏の暑さを感じさせない。

 

●赤湯温泉

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足湯に浸かっていると、声をかけてくれた鈴木さん

 

朝早くから、散歩がてらご近所の方たちに手作りのイカ飯を配って回っていたそうだ。

僕も余っているものを頂いた。

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よく煮込まれたイカは柔らかくて美味。

 

そして、近くの安い温泉を教えてもらう。

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烏帽子の湯

100円也。

非常にお手頃。

 

時刻はまだ朝8時だ。

地元のおじちゃんたちに混じって、朝の温泉で身体を癒す。

 

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雲は風に流されていったようだ。

青空が広がり、日光が再び、地面を照り付ける。

 

 

●極寒、夜の南陽

 

午後は、ブログを書いたりして過ごす。

例のごとく、あっという間に夕方になる。

 

少し進んだところに山形ご当地スーパー・ヤマザワがある。

再び、閉店間際の値下げ惣菜を狙うのだ。

この日の収穫も良好。

 

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しかし、陽が沈むと、急激に気温が下がる

 

気温だけではなく、相変わらず風が強い

ジャージを2枚重ね着した上に、寝袋に包まってもまだ寒い。

おそらく、気温的には5℃を切っていたのではないか。

 

せめて屋根のあるところを探す。

・・・が、無い

 

仕方がないので、寒さに耐えながらベンチで寝ることに。

 

見上げると満点の星空だ。

この強風が完全に雲を流してしまったのだろう。

 

寒さに凍えながら休んだこの日の星空は残酷なほどに美しかった

 

 

[70日目・走歩行距離:12km]

 

 

日本縦断ラン 67~68日目(福島~山形)

<67日目(6/7)>

福島県・喜多方市~山形県・米沢市小野川

 

●喜多方市発

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午前4時半

今日も素晴らしい朝焼け

曙の光に起こされる毎日というのも良い。

 

5時前、地元の社会人野球チームの人たちが続々と集まってくる。

軽くお話して、野球グラウンドを後にする。

 

喜多方はスポーツに親しむ人が多いようだ。

運動公園もたくさんある。

 

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日曜の静かな朝。

 

なんだか後ろ髪を惹かれるくらい落ち着く町だ。

 

左かかとに若干痛みが残っているので、様子見程度に歩いて進む。

 

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その道中にお会いした佐藤さん

サイクリングしているところだったそう。

 

笑顔が素敵で、快活な方だ。

たくさんお話をしながら進む。

 

この先の山は、クマがよく出没するらしい

 

それはビビる

 

というのも、ついこの間読んだこの本のおかげ。

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『羆嵐』 吉村昭

 

大正時代に実際に起きた日本最大級の獣害事件を描くドキュメンタリー小説。

北海道にて、1頭の羆がたった一日で6人もの人間を殺害したというもの。

 

後でクマ除けの鈴を買っておこう。

 

 

●道の駅・喜多の郷

 

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道の駅・喜多の郷まで一緒に来たところで、佐藤さんと別れる。

この先はトンネルが続くから、ということで、ライトまで差し入れてもらった。

ありがとうございます。

 

さて、出発しようか、

というところで、ある方に声をかけていただく。

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キャンピングカーで日本のあちこちを旅されている早川さん

 

人生で初めてキャンピングカーというものの中に入ったが、凄い。

 

何でも揃っている

これだけあれば、家なんか要らないんじゃないか

 

それから、会津名物のソースカツ丼を頂く。

美味。

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そして、旅の話から歴史や政治の話まで、様々な話題で盛り上がる。

 

気付けば、12時過ぎ。

なんと4時間も話していた

 

そろそろ行かねば。

夜の山道を走っていたら、クマに襲われる

 

 

●大峠

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お世話になった早川さんと別れ、米沢を目指す。

今日は米沢の手前の道の駅・田沢まで行ければよいか。

距離にして30km程。

 

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見渡す限り山。

渓谷に沿って伸びる道路にはいくつものトンネルがある。

総数13らしい。

 

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細切れのトンネルが連続して続く区間がある。

通称、虹のトンネル

 

そして、最後に待ち構える大峠トンネル延長約4km

標識には、ご丁寧に

「ひと休みいかがですか」

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この大峠トンネルの中で、福島県から山形県へ越県。

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山形に足を踏み入れるのも初だ。

といっても、まだまだトンネルは続いていくので景色は何ら変わりがないが。

 

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トンネルを抜け、改めて山形県の標識が目に入ってくる。

景色は変わらず、山並みが続くだけ。

むしろ、より深い森に入ったようだ。

 

クマが出そうだ

 

 

●道の駅・田沢~小野川温泉

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クマに襲われないように、この日はノンストップで進んだ。

最後、左かかとに若干の痛みが生じたが乗り切った。

 

そして到着した道の駅・田沢

 

さて、今日はここで野宿か。

 

・・・と思ったのだが、ここの道の駅、夜中は解放されていないらしい。

かといって、トイレで泊まるにしても、ほとんど吹き抜けに近い。

 

マズい

クマに襲われる

 

そんな時に、ある女性が親切に声をかけてくれ、

すぐ近くの小野川温泉まで案内してくれた。

 

残念ながらお名前は聞き損なったが、その方もサイクリングをされる方で、

僕の日本縦断ランに興味を持ってくれた。

何でも、あの親不知の道をサイクリングしたいらしい。

 

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その生誕の地が、全国で100ヶ所以上もあるという人気者の小野小町

その小野小町が発見したと言われるのがこの小野川温泉だ。

 

ここまで来れば、クマに襲われないだろう

 

お土産屋さんのご主人と1時間以上話し込む。

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米沢の歴史雑学についてたっぷり教えてもらった。

これで、より一層米沢を楽しめそうだ。

 

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山形名物の玉こんにゃく

普通のこんにゃくより張りがある。

 

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こちらは、ラジウム卵ソフト

ラジウム卵とは、温泉卵のこと。

これがまた新鮮な組み合わせで美味しかった。

 

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せっかくなので、尼の湯で温泉に入る。

200円也。

安い。

 

湯はびっくりするくらい熱い。

沸かし湯ではない。

火山の恵みである。

 

[67日目・走歩行距離:32km]

 

 

<68日目(6/8)>

山形県・米沢市小野川~山形県・米沢市

 

●小野川温泉発

 

5時起床

野宿していたすぐそばに足湯があるという贅沢さ。

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1時間近く足湯に浸かりながら、他の旅行客の方ともお話しする。

ふやふやになった足で米沢市街を目指して歩き始める。

 

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田園風景の中にポツポツと建物が見えるようになってきた。

 

地元の中学生が、自転車に乗って僕を通り越していく。

「おはようございます。」

と、挨拶してくれる子もいれば、懐疑の眼差しで僕を見ている子もいる。

中にはガッツポーズを作って応援してくれる子も。

 

しかし、健気にヘルメットを被っているのは皆変わらない。

 

 

●米沢市街

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米沢市街に到着。

 

伊達政宗直江兼続前田慶次上杉鷹山など。

歴史を読んでいると、何かと米沢の地にゆかりのある人物は多い。

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案の定、その歴史を大きな観光資源としているらしい。

 

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上杉家廟所

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上杉神社

 

数々の偉人たちの石像や説明書きが綺麗に整備されている。

 

歴史好きそうな年配の方たちが団体ツアーに参加してそれらを見て回っている。

 

ちなみに、上杉鷹山は江戸中期、貧窮化していた米沢藩の財政を立て直した人物で、

ジョン・F・ケネディが最も尊敬した日本の政治家だという。

 

 

僕も割と歴史は好きだが、

歴史を学ぶにも、現地を見るのと見ないのとでは、その感じ方には大きな違いがあるようだ。

 

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お地蔵さんの列にさりげなくキティちゃんが置かれているのも外国人受けが良さそうだ。

 

 

[68日目・走歩行距離:10km]