コメント

    • 上原 ヱリ子
    • 2015年 7月 18日

    最後のブログ更新(6月30日)から、もう18日目ですね。今,どの辺りか知らないけれど只、元気であれば良しという心境です。茨城辺りから、懐かしい地名に触れる度に興太郎祖父ちゃんのことを思い出します。大洗町、仙台、石巻、気仙沼、八戸なんて日本の水産業に大きく貢献してきたところです。あの震災で大打撃を受けて、もう以前の活気は取り戻せないでしょうが違う形の発展に繋がれば良いと願います。父が師と仰ぐ方が仙台の人で(私も何度もあっています。)元大洋漁業(今、マルハ・ニチロ)時代に捕鯨基地の関係でいち早く、沖縄に進出、調査に来た時から存じ上げています。急に敬語に成らざるを得ないほど立派な素敵な方なので、日頃の私の口調でしゃべりたくないなーという気分ですね。
    子供の私から見ても彼と父との差(教養、知識、等、)は大学生と中学生の違いがありましたね。父でも沖縄の基準で考えれば、決して低い層の人では無いけれどとても敵わないなあとおもったものです。子供にとって、親というものは一番大きい存在だったので、自分の中で簡単にそのことを打ち消せることが驚きでもアリ、切なかったこと
    90歳迄はお元気だったのは確認できていたけれど、もう7年前のことだから。。。。。

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