バック・トゥ・ザ・フューチャー2015年の予言が当たっているかどうかは、どうでもよい


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http://karapaia.livedoor.biz/archives/52128279.html

2015年10月21日

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http://livedoor.blogimg.jp/aixca/imgs/5/c/5caa9766.jpg?ac2a966a

いまや“名作”と言ってもいいだろう。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ三部作

本日、2015年10月21日は、『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』にて、主人公のマーティとドクがタイムトラベルをしたまさにその日である。

いわば今日は「バック・トゥ・ザ・フューチャー記念日」であり、SNSやニュースサイトではしきりにこの話題が上がってくる。

そして、その内容は大体こういうものが多い。

「映画で描かれた2015年と実際の2015年を比較してみた」

といった類のものだ。

僕もバック・トゥ・ザ・フューチャー(以下BTTF)の一ファンとして、2015年10月21日というのは特別な日だと感じていて、もちろんこのワイワイ騒ぎが嫌なことはない。

むしろこの映画の魅力を再認識する人が増えてくれたら幸いだ。

だが、僕はここで“筋金入りのBTTFファン”として物申したい。

2015年の予言が当たっているかどうかは、どうでもよい

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http://matome.naver.jp/odai/2141987957604737101/2141988245305480303

 

このBTTF記念日が近づくにつれて、SNSやニュースサイト、まとめサイトでは「2015年の予言がどれだけ実現したか」を検証する記事が爆発的に増えた。

 

正直なところ、僕はそのような検証は「うん、まあそうだよね」と思うくらいで、あまり面白くない。

 

それは、僕がこの話題には常にアンテナを張っていたから新鮮味がないだけで、別に記事そのものを否定しているわけではない。

 

 

しかし、興味深い話もある。

 

BTTF三部作の脚本を務めたボブ・ゲイルは、『PART2』の未来を描いた場面を振り返ってこう語っている。

 

「ぼくは未来を描いた映画が嫌いで、今回も未来を描く気はなかった」

「未来を描いた映画に正しいものはない。キューブリックでさえ未来を正しく予言できなかった」

(DVD『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』 三部作の秘密:第二章より)

 

そう。

そもそも、脚本家のボブは未来を正確に予想しようなどとは毛頭思っていなかったのである。

 

代わりに、BTTF製作陣は、2015年という未来をただ単純に「明るいもの」「ジョーク」として作中で描くことにしたのだ。

 

 

BTTFの真髄は「未来は変えられる」というテーマ

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http://www.denofgeek.com/movies/16532/the-plot-holes-and-paradoxes-of-the-back-to-the-future-trilogy

 

いわずもがな、BTTFの魅力は「時間旅行」というテーマだけではなく、「人間ドラマ」としての奥深さにもある。

 

その「人間ドラマ」の奥深さを引き出しているのは、

「未来は変えられる」

という前提条件である。

 

・『PART1』は、いじめられっ子だったジョージ(マーティの父親)が作中で成長し、自ら「未来」を変えていく話。

 

・『PART2』は、人間の悪意によって未来の情報が過去に持ち込まれ、「未来」が悪い方向へ変わってしまう話と、それを正すために奔走する話。

 

・『PART3』では、恋に落ちたドクが自らの決断で自分の望む「未来」を掴み、マーティは短気な性格が災いして起こるはずだった「未来」の悲劇を自らの成長によって退けた

 

こうしてみると、BTTFが単なる「時間旅行」の話ではないことは一目瞭然だ。

 

BTTFでは、「未来」とは常に流動的に変わっていくものであり、その一瞬一瞬の出来事や行動によって「未来」は大きく変わる可能性がある、という主題が滲み出ているように僕は思う。

 

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http://ciatr.jp/topics/52768

それは、ドクのセリフにも表れている。

 

「道だと?これから行くところに道など要らん」

“Roads? Where we’re going, we don’t need roads.”

(『PART1』より)

 

「人間の未来はすべて白紙だっていうことさ。未来は自分で作るのだ」

“It means your future hasn’t written yet. No one’s has. Your future is… whatever you make it.”

(『PART3』より)

 

しびれる。

 

タイムトラベルの映画というと、やはりどれだけ時代再現が正確かといったことに目が行きがちだ。

 

しかし、僕はむしろBTTFの「未来の移ろいやすさ」に注目したい。

一瞬一瞬こそが「未来」を作るのだということをこの映画は折々のシーンで伝えてくれているような気がする。

 

端的に言ってしまおう。

 

分かり切った未来などつまらない。

「未来」は予測できないからこそ面白い

 

投稿者:

Kazuma Uehara

鹿児島県・奄美市出身。 1992年生まれ。 2015年、走って日本縦断を達成しました。

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