ランニングブームに見る“マゾ化”する日本人


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「走ることの何が楽しいの?」

 

これはもう、めちゃくちゃ聞かれます。

あらゆる人から。

 

ほとんどのランナーに共通する悩みというか、あるあるというかそんな感じでしょうか。

 

理解されないランナー達

 

そりゃあ、走るなんてキツいし、面倒くさいし、普通の人からしたらやる意味が分かりません。

 

僕は走るのが好きで、走って日本縦断しちゃいましたけど、そのことを話すと大抵ポカンとされます。

ほとんどの人にとって、走る意味が分からないんです。

 

また先週、別府大分毎日マラソンを走ってきました。

この大会、割と競技色の強い大会で、フルマラソンの自己ベストが3時間30分以内でなければ出場できません。

そのため、このレースに参加するランナー達は好記録を出すために真剣に走る人が多くなるんです。

 

大の大人が何千人も揃ってゼーハー喘ぎながら42.195km走り続けるわけです。

 

走ることに興味のない人からしたら、奇妙以外の何物でもない光景ですよね。

はい。

 

ランナー自身もよく分かっていない「走る意味」

 

そして実は、ランナー自身も走ることの何が楽しいのかよく分かってないということがよくあると思うんですね。

「走ることの何が楽しいの?」

と聞かれて、返答に窮することが僕も多々あります。

 

もちろん中学時代から10年以上走っていると、自分が走る理由を考える時間なんて腐るほどあったわけで、ランニングの楽しさなんていうのも一応は言語化してみました。

 

爽快感であったり、自己実現の達成感であったり、ランニング仲間が出来ることであったり。

まあいろいろですね。

 

ところが、言葉にしてみても何だか上滑りしているようで、上手く伝わらない気もします。

結局、「走る楽しさ」なんて、走った人にしか分からない阿吽の呼吸みたいなものなのかもしれません。

 

“マゾ化”する日本人

 

そんな中で、走らない人から走る意味を問われた時、

「俺、マゾだから走るんだよ」

なんて冗談めかして答えちゃうときもあるわけです。

 

でもこれって結構的を得ていると、僕は思います。

「マゾ」という表現が適切かどうかは分かりませんが。

 

少なくとも、昨今のランニングブームの所以を考えてみる価値はあるのではないでしょうか。

 

日本全国でマラソン大会が乱立し、全国で1000万人とも言われるランナー人口。

15人いたら1人は走っている。

僕には、日本人が“マゾ化”しているようにしか思えません

 

恵まれた時代へのアンチテーゼ

 

少し表現を変えてみましょう。

僕の考えでは、多くのランナーは「生きている実感」を求めていると思うんです。

 

これだけ恵まれた環境の現代日本社会。

食べ物に困ることはないし、水道からも綺麗な水が出ます。

公共交通機関はほとんど遅れることはないし、福祉もそこそこ行き届いています。

最近のトップニュースはやれベッ○ーだ、やれSM○Pだ、と芸能ニュースが異常な盛り上がりを見せています。

 

つまり現代日本で暮らしていると、少なくとも身体的には過酷な目に遭うことがほとんどない。

普通に暮らしている限り、42.195km走り続けて息を切らすようなシチュエーションなんか起こり得ないのです。

 

多少角が立つ言い方になるかもしれませんが、日本のランナー達は快適すぎるぬるま湯のような生活からの脱却を求めているのではないのでしょうか。

 

そりゃあ、ラクに暮らしたいだけであれば走らない方が良いわけです。

 

ただ、それでは何か物足りない。

もっと刺激が欲しい。

もっと苦しみたい

 

・・・と、なるわけです。

なるべく論理が飛躍しないように気を付けているんですが、ここらあたりでついて来れなくなった方、ごめんなさい。

 

苦しみを経験するからこそ、喜びが倍増する

 

と、ここまで言うとランナーは常に苦しんでいるのかと思われるかもしれませんが、もちろんランニングは苦しいことばかりではありません。

 

日頃のストレスを発散出来るし、頭の中がスッキリするし、自然の中を走っていると本当に気持ちが良いです。

その一方で、呼吸が苦しくなったり、脚を痛めてしまったり、走る気分になれない日があったりもします。

 

要するに、すべて物事の一側面に過ぎないのです。

走ることが楽しいときもあれば、辛いときもある

どちらもあるから、それがまた楽しいのです。

 

辛い練習を乗り越えて、自分の目標を達成できた時の喜びは格別です。

走る前は気分が乗らなかったけど、走ってみたらやっぱり気持ちいい、走ってよかった、と思います。

パフォーマンスを高めるためにレース前は大好きなお酒を控えた。だからこそレース後のお酒が美味いのです。

 

こうした「アメと鞭」というか、抑揚のある体験というのが、人間の心を満たし、虜にするのではないのでしょうか。

 

人間は常に新しい欲望を抱き続けるものです。

物質的なものから、体験的なものへ

ラクなものから、苦しいものへ

便利なものから、不便なものへ

昨今のランニング人気が、その傾向を如実に表している気がしてなりません。

 

だから、僕はこの恵まれた日本社会で“マゾランナー”が増えていくことは自然なことだと思うのです。

どうか蔑んだ目で僕らを見ないでくださいね。

 

投稿者:

Kazuma Uehara

鹿児島県・奄美市出身。 1992年生まれ。 2015年、走って日本縦断を達成しました。

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