一旦、自分を捨ててみる


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自分の好きな事にこだわり過ぎていた

 

僕はかねてよりどうしようもないほど自我が強くて、自分の好きな事を仕事にすることに相当のこだわりがありました。

すなわち「ランニング」「旅」

この2つの切り口で何か仕事がしたいな、と思っていたんですね。

 

ところが。

どういう風の吹き回しか、最近自分を捨ててみようという気になってきました。

 

つまり、「ランニング」や「旅」にこだわらず、もっと幅を広げてみようかと。

 

まだ詳しいことは言えませんが、有難いことに面白そうなお仕事の話をいくつか頂いているので前向きに検討しています。

 

やってみたら意外と面白いんじゃないか?

というのも、現在働いているゲストハウス『阿蘇び心』での経験によるところが大きいのかなぁと思います。

仕事内容は主に午前中の館内清掃と午後のチェックイン対応なんですが、その他に障子の張替え車のタイヤ交換庭の剪定DIYによる修繕作業などもやってきました。

いわゆる暮らし全般に関する仕事が多いのですが、これまで僕が経験したことのないものが多くありました。

 

そして、これがまた意外と楽しいんです。

障子張替えも車のタイヤ交換も庭の剪定もDIYも初めての経験でしたが、やってみたら意外と出来ました。

といっても、出来は下手くそなんですが。

 

それでも、何か一つ新しい経験をする度に自分がグレードアップしたような気分になります。

むしろ今までの自分がどれだけ未熟であったか思い知らされますよね。

何でもかんでも用意された環境で育ってきたんだなぁとも思います。

 

まあ、これはどんな仕事でもそうだと思いますが、面白さというのは自分で見つけるものなんですよね。

だから、どこに自分のセンサーが引っかかる仕事があるか分からない。

最初から「これだ」とあまり決めつけない方が良いのかもしれません。

 

捨てたつもりでも、残ってしまうのが「自分」

 

じゃあ、自分の好きなことは諦めるのか?

というと、それは違います。

 

そもそも、自分の好きなことというのは誰になんと言われようが勝手にやるものなんです。

それが趣味であろうと仕事であろうと、好きなことは自分から進んでやるはずです。

逆に言えば、どうしても嫌なことは誰に何と言われようとやらないのです。

 

僕なんか毎朝起きたらトイレに行くのと同じ感覚で走りに出かけます。

朝起きて、水を飲んで、靴紐を結んで、体操をして、走り始める、というのが一連の流れになっているんですね。

生活環境の変化によって、走る時間帯や走るシチュエーションは変わってきましたけれども、基本的に中学時代から変わらない習慣です。

僕は大学受験のときだろうが構わず走っていました。

周りからは呆れられていましたが。

 

そこまでやるってことはやっぱり走ることが好きなんでしょうね。

 

要するに、好きだからやるのではなく、

やり続けていることが、きっと自分の好きなことなんです。

 

それと同じで、その人の考え方行動規則なども既に染みついてしまったものです。

全ての人には、長年積み重ねてきた癖というものがあります。

それは多分、「朝ごはんはご飯派かパン派か」とか「醤油派かソース派か」とかそういうレベルです。

 

これはもう人の好みだから仕方ありません。

「自分」というのは捨てようと思っても勝手に残っているものなんです。

 

以前読んだ本で、作家の五木寛之氏がこのようなことを言っていました。

人間の免疫機能は、つまるところ“自己”“非自己”を識別する働きのことであると。

 

さらには、免疫機能は人間の脳をも凌駕するといいます。

つまり、「これは自分だ」と脳で考えていたとしても、免疫が「いや、これは自分ではない」と判断した場合、免疫は脳の判断を差し置いて、その“非自己”を排除しようとするというのです。

 

“自分らしさ”というのは頭で考えるものではなく、身体全体、細胞の一つ一つに刷り込まれているものなのかもしれませんね。

 

滅多なことでは自分は失わない。だから一旦、自分を捨ててみる

 

「いやいや、それでも“自分らしさ”が大事だ」

「自分を失うなんて恐ろしい」

 

と、お思いになるかもしれませんが、

自分を失うなんてこと、多分滅多なことでは起こりません

 

酒を飲み過ぎて自分を失うとか言いますが、もしかすると酔った状態の方がよっぽどその人の本性を表しているかもしれません。

 

実のところ、どれが本当の自分かなんてみんなよく分かっていないのです。

“自分らしさ”は、みんないつだって手探り状態です。

だからこそ“自分らしさ”なんて決めつけてしまわずに、流れるように生きていけばよいのではないのでしょうか。

 

放っておいても、結果的に辿り着くのが“自分らしさ”なのだろうと思います。

 

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投稿者:

Kazuma Uehara

鹿児島県・奄美市出身。 1992年生まれ。 2015年、走って日本縦断を達成しました。

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