人間、結局“ないものねだり”する生き物


 

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“ないものねだり”

 

人間って実にわがままですね。

 

都会にいたら田舎が恋しくなるけど、田舎にいたら都会が恋しくなる。

集団生活をしていたら一人になりたくなるけど、かといって一人で生活していたら人が恋しくなる。

仕事ばかりで忙しいときは「休みたい」と思うけど、いざ休みばかりで暇を持て余すと「働きたい」と思う。

同じ場所で生活していると「旅に出たいなー」と思うけど、毎日毎日放浪の旅をしていると「そろそろどこかに腰を据えて生活したいなー」と思う。

 

※以下、ランナー向け

走ってばかりいると休みたいと思うけど、休んでばかりいるとまた走りたくなってくる。

記録ばかり求めて走っていると「ただ単純に楽しんで走りたい」と思うけど、ゆるーく走ってばかりいると記録を求めたくなってくる。

スピード練習ばかりしていたら距離走が恋しくなるけど、距離走ばかりしていたらスピード練習が恋しくなる。

 

ああ、人間って結局“ないものねだり”なんだなぁ、と思いますね。

 

 

「ない状態」を知るから「ある状態」の有難さが分かる

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これは、よく言われる言葉に言い換えたら

「失って初めてその有難みに気付く」

とでもなりましょうか。

 

毎度のことながら、日本縦断ランの経験を引き合いに出しますが、例えばお風呂

多分一般的な日本人だったら毎日お風呂に入るのが当たり前だと思いますが、節約旅をしていたら一週間以上お風呂に入らないことなんてざらにあるわけです。

一週間以上ぶりに入るお風呂なんてあり得ないくらい気持ち良いですからね。

本当にお風呂の有難みを感じます。

お風呂のない生活をしていたからこそ。

 

同じく野宿も。

僕の場合、一日40km以上も走った日に野宿するという生活が何日も続いたりしましたから、疲労がなかなかとれません。

そんなときに見知らぬ人が家に泊めてくれて、フカフカお布団の上で寝させてくれたときにはもうあり得ないくらい気持ち良いですからね。

屋根があって壁があるところで安心して寝れる。

それだけのことが、何と素晴らしいことなんだと思うんですね。

毎日野宿していたからこそ。

 

そして、それと同時に人の優しさにもあり得ないくらい感動します。

 

「ない状態」を知るから「ある状態」の素晴らしさに気付くんです。

 

「あり過ぎる」と「ない状態」を求め始める

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ところが、不思議なことに人間は「あり過ぎる」ものを煩わしいと思い始めます。

 

情報にしてもそう。

仕事にしてもそう。

物質的なものにしてもそう。

人付き合いにしてもそう。

 

僕も確かに、久しぶりに屋内で布団の上で寝たときはその快適さに感動します。

しかし、やっぱり野宿も野宿で楽しいことがあるんです。

満天の星空を眺めながら、夏の夜風を肌に感じ、自然の暗闇に溶け込んで眠りに落ちるあの感覚。

結構クセになります。

 

この場合、つまり快適な家の中で寝ている場合、

それは「刺激がない状態」ともいえるんですね。

「快適さがある」ということは「刺激がない」ということでもあるんです。

(もちろん、どっちが正しいとかいうわけではなく)

だから、“そこにはない刺激”を求めて旅人はまた旅に出ると思うのです。

 

仕事に関して言えば。

仕事が忙しいときは「休みが欲しい」と思います。

それは“休みがない”からです。

でも、いざ休んでばかりいると暇を持て余してしまっていずれ「働きたい」と思い始めます。多分。

それは“働きがいや生きがい、刺激がない”からです。

 

やっぱり“ないもの”を求めてしまうんですね。

不思議です。

人間は欲望の塊です。

 

“心変わり”を認めてあげること

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つまり、何が言いたいかというとですね。

あなたが求めるものには、それを求めるタイミングがある

ということです。

 

 

要するに“心変わり”と言いますか。

誰だって心変わりくらいするんじゃないでしょうか。

 

「私の好きなことはこれだ!」と思ったことが、やってみると案外そうでもなかったりとかも多分すると思います。

こんなにランニング、ランニングばっかり言ってる僕ですら、時には走りたくないと思うこともあるくらいですから、多分間違いないです。

 

心変わりは、します。

自然な事です。

 

ところが、今の日本社会には、「心変わりを許さない風潮」が根強く残っている気がします。

例えば就職する際に、どれだけ長く勤められるかが重要な判断材料となります。

「この会社に忠誠を誓い、生涯をかけて献身し続けられますか?」

という問いに、断固たる自信を持ってイエスと答える人が企業に採用されやすいのです。

その自信はどこから生まれるのでしょうか。

 

もちろん、ここには企業側の都合もあるから仕方ないんですけどね。

ただ、もう少し“心変わり”に寛容なシステムになっても良いのではないかな、と思います。

 

現代社会は物凄いスピードで変化していると言われていますが、それは多分人間の心変わりが物凄いスピードで社会に反映されていっているということだと思うんですね。

インターネットとかの普及によって。

消費者のニーズも、労働者のニーズも、企業のニーズもどんどん変わっていく。

 

そんなご時世に、単一の所属、単一の手法、単一の信念に拘り続けるのもどうかと思うのです。

近い将来、「初志貫徹」「迷いがない」といった美辞が通用しなくなることが増えてくるかもしれません。

 

だから、僕のこの考え方もすぐに変わっちゃうかもですね。

「心変わりする」という考えが「心変わりする」。

ああ、逆説的。

 

投稿者:

Kazuma Uehara

鹿児島県・奄美市出身。
1992年生まれ。
2015年、走って日本縦断を達成。

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