ぷちランニング旅 阿蘇~高森

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12/9(水)、勝手にぷちランニング旅を実施。

コースは阿蘇市~高森町までの32km
ぷちランニング旅 阿蘇~高森

<ルート>

阿蘇市→高森町 32km

基本的に国道265号線

阿蘇五岳の東端・根子岳東外輪山の合間を縫って南阿蘇方面へ。

 

<起伏>

8~18km間は上り基調で標高900m程度まで上る。

18~30km間は下り基調で標高500m程度まで下る。

ゆるやかなアップダウンが続く。

 

<ペース>

6:10~5:10/km

山道中心なのであくまで参考程度に。

 

<所要時間>

3時間ちょっと

 

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午前7時30分

朝のドリンクだけ飲んで阿蘇市を出発。

 

最初の7kmは国道57号線を無心に走る。

阿蘇の交通が一極集中する57号線。

ここらは早いところ抜けておきたい。

 

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国道265号線に入ると一気に交通量は減り、ようやく落ち着いて走れる。

阿蘇山の東側を通って阿蘇と南阿蘇を結ぶルートだ。

冬の阿蘇らしい黄土色の草原が眼前に広がる。

 

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もちろん阿蘇山もばっちり見える。

上の写真は、阿蘇五岳の中で最も標高の高い高岳(1592m)

頂点には薄い雲がゆらゆらと浮いている。

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8~18km間は緩やかな上り坂が延々と続く。

脚が止まるほどではないが、ややペースダウン。

そんな事よりこの絶景の中を走れるだけで気分は爽快だ。

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標高900mあたり。

しばらく細かいアップダウンが続いて、18km地点高森町に突入。

ここから先は下り基調のコースになる。

 

一応ちゃんと走ってますよという意味で自撮り。

 

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高森町へ向けて峠を下っていく途中。

23km地点で一旦ストップ。

最近、ネット上でも話題に上がることの多い“上色見熊野座神社(かみしきみくまのいますじんじゃ)”だ。

 

100基近くの灯籠が参道の両脇に並ぶ光景は圧巻。

威圧感のあるその参道は、別世界への入り口ともいわれている。

 

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だが、個人的にもっとお気に入りのスポットはその神社の先にある。

足場の悪い急な山道をさらに登っていくと、奥に光の穴が見えてきた。

 

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日本神話において鬼八法師が蹴破ったとされる“穿戸岩(ほげといわ)”

 

鬼八法師は、阿蘇神社の主祭神・健磐龍命(たけいわつのみこと)の従者で相当な暴れ者だったようだ。

ある日、健磐龍命を怒らせてしまった鬼八は高森の地に到ったところで岩を蹴破って高千穂の方へ逃げ走ったという。

また、鬼八はどれだけ走っても疲れを知らないというほどの健脚の持ち主だったそうだ。

長距離ランナーの僕からしたら尊敬に値する人物だ。

 

あまりにも神秘的な場所だったので、しばし走ることを忘れてその場に座りつくしてしまった。

僕は特段の信仰心はないが、神話などの類は単純に面白いと思う。

特に日本神話は自然と神が結び付いた逸話がたくさん残されているので、昔の人が自然に対して様々な解釈をしていたと考えると面白い。

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ただ、賽銭箱のそばにゴミがあったのは少し残念。

 

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国道に戻ってランニングを再開。

阿蘇五岳の南側に回ったところだ。

このまま高森の市街へ向かう。

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30kmを過ぎたところで、高森駅に到着。

昔ながらの風景が残るのどかな町だ。

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ただただ癒される風景が続く。

脚の余力がまだあったので、もう少し高森の町を散策してみる。

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駅から距離にして1km程の場所にある“高森湧水トンネル公園”

熊本市にも流れている一級河川・白川の最源流だ。

熊本の美味しい水はここから生まれる。

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30km以上走った身体に阿蘇の聖水を補給する。

生き返る気分だ。

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トンネル内はクリスマス仕様

地元の企業や学校などが協賛しており、クリスマスツリー飾り物を提供している。

 

中にはこんなものも・・・

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「高森へお嫁に来てね」

・・・だそうだ。

 

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極めつけはこちら。

 

水のイリュージョン・ウォーターパール

水に特殊な音波を当てて、水球の形にする。

さらにその水球にストロボライトを当てることで、まるで水球が空中に浮いているように見えるのだ。

 

こればかりは実際に見てみないとその凄さが伝わらないだろう。

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500m程進んだところでトンネルは行き止まり。

岩の隙間から勢いよく水が噴き出している。

この水があらゆるものの命を育んでいると考えると、感謝の念を覚えざるを得ない。

 

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ランニング終了後、歩いて高森駅まで戻る。

フレンドリーな改札のおばちゃんに女性と間違えられた。

帰りは南阿蘇鉄道の電車に乗る。

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ワンマン電車の乗客は僕を含めて5人。

中国系の3人家族駅員さんが楽しそうに雑談をしている。

向かいのおじさんはカメラを構えてのどかな南阿蘇の風景を写真に収めている。

僕は心地良い疲労を覚えながら何をするわけでもなく車窓からの風景を眺めていた。

 

もう昼過ぎだ。

ランナーの休日は大体こんなものである。

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ランニング飛脚便 ロゴ

『ランニング飛脚便』

 

 

 

『日本縦断ラン報告会&交流会』を開催

 

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11/15、福岡にて『日本縦断ラン報告会&交流会』を開催させて頂いた。

 

会場は、福岡市中央区にあるカフェ&ダイニング『HAPPY HILL』

産地にこだわった食材で、美味しい料理を提供してくれる落ち着いた雰囲気のお店。

 

当日は20人を超える参加者が集ってくれた。

まず、福岡を中心にお世話になった方々への「日本縦断ランの報告」、それからキャリア形成についても、僭越ながら話させてもらった。

 

今回のイベントは先輩や友人が主催してくれたのだが、こういう類のイベントは張本人が企画するのは多少気が引けるものなのでコーディネートしてくれた彼らに感謝したい。

 

自慢話はしたくなかった

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「日本縦断ラン報告会」はあくまで「報告会」である。

だから、自慢話はしたくなかった

 

「じゃあ、なぜこんなイベントを企画するんだ」

「黙っていれば、自慢になることもないじゃないか」

 

と言われるかもしれない。

 

もっとも、僕も最初はそう思っていた。

しかしふと、それは「聴衆への貢献意識」に欠けているのではないか?

と思い直した。

 

少なくとも僕は「ランニングで日本縦断」を成し遂げたという実績を残した。

それは世間的に見れば多少アブノーマルな挑戦であったし、多くの人が興味を持ってくれた。

結果論ではあるが、今回の報告会でも20人以上の人々が集まってくれた。

 

少なくとも今ここにいる20人程度の方々は僕の経験に何かしらの興味を持ってくれている。

 

そんなときに「自慢話として聞かれたくない」という恥じらいの気持ちは、ベクトルがあまりにも自分に向きすぎているのではないか。

 

正直、「日本縦断ラン」を通して普通の人が経験できないようなことを経験できたと思うし、そこから学んだことも多かったと思う。

その経験や思いを自分だけのものにするのではなく、他の人にもシェアするというのが僕なりの貢献の仕方かな、と。

 

僕は凄くない

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というわけで、この報告会で僕が何度も口にしたのが、

「僕は凄くない」

ということ。

 

僕は自分のやりたいことをやっただけで、それを楽しんでいただけである。

もちろん、全ての人が走って日本縦断をするべきだとは毛頭思っていない。

 

それぞれの人にそれぞれの冒険があると思っている。

その冒険へ一歩踏み出すためのきっかけに、僕の話がなってくれたらこの上なく嬉しい。

 

自戒をこめて

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まだまだ青二才の僕。

偉そうに話させてもらったが、その内容はある意味、自分に言い聞かせているようなものでもある。

 

これからも僕の冒険は続いていく。

みんなの冒険も続く。

 

そんなことを参加者同士で確認し合うような、双方向性のイベントに仕上がったと思う。

 

最後にもう一度、参加者の皆さん、主催・準備してくれた方々、本当にありがとうございました。

 

 


 

 

 

 

阿蘇生活、始まる

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阿蘇に来てから一週間が経とうとしている。

 

現在、僕は“ゲストハウス阿蘇び心”でヘルパーとして働かせてもらっている。

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ゲストハウス阿蘇び心 HP

“阿蘇び心”では、高いクオリティのおもてなしを学ぶことが出来る。

そこは世界中から様々な人間が集う和の空間である。

 

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そして何より阿蘇の大地を走るのが気持ち良い。

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毎日この風景の中を走れるなんて素晴らしい。

 

ランニングコースのすぐ傍に牛馬たちがムシャムシャ草を食べてこっちを見ている。

彼らの生活はシンプルだ。

ただ食って、歩いて、寝る

 

人間からしたらそれはちょっと退屈なので、あと一つ二つくらい張り合いのある何かをやっておけばそれくらいで十分かな。

 

阿蘇の風景は僕をそういう気持ちにさせる。

何も難しく考える必要はない。

 

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11月6日午前6時半、今朝の阿蘇市は深い霧に包まれた。

一寸先は闇、いや霧。

車で向かうのは、阿蘇を囲む外輪山

 

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日の出とともに、美しい雲海を臨むことが出来た。

 

雲海に覆われているのは、世界でも最大級の規模を誇る阿蘇カルデラ

30万年という時の中で形成された地形だ。

 

この大型火山が豊かな水資源を蓄え、大地を肥やし、生命を育んだ。

そして、時には災害をもたらした。

 

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冬の足音が近づく季節の夜、ゲストたちと焚火を囲んで、静かに語り合う。

 

それぞれの旅の話を聞いていると、やはり僕もまた旅に出たくなる。

何せ、僕はまだ世界を全然知らないのだ。

 

日本縦断を終えてある程度は落ち着くかと思ったが、旅立ちの衝動はいつでもまたやってくる。

腹が減ったのと同じように旅がしたくなる。

困ったものだ。

 

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僕は阿蘇の山を走っている。

聞こえるのは自分の足音と呼吸音、それから野鳥のさえずりと時々、牛の鳴く声。

 

どこに向かって走っているのだろう

ゴールが見えない。

だって世界はあまりにも広すぎる。

だから、頑張ることがどうしようもなく空虚なものに感じられることもある。

 

それでも、僕の両足は一歩一歩前に進む。

空虚であろうが何であろうが、前進している。

ただそれだけでいいのかもしれない。

 

幸福も成功もありやしない

そんなものは世間体だ。比較の世界だ。

比較の一切ない世界において、幸福やら成功やらが存在するのか甚だ疑わしい。

 

もちろん、ある程度の比較や競争が避けられないのが社会である。世間である。

しかし、その社会を構成するのは個人である。

社会とは、私であり、あなたである。

 

一人一人がそれぞれの道を進めば良いだけだ。

そうした認識をしたとき、「比較」「受容」「競争」「共存」へと形を変える。

多分。

 

ああ、言葉遊びもここまでくると非道いものだ。

 


 

 

Running across Japan Day11-12 Hiroshima – Okayama

The same article in Japanese 日本縦断ラン 11~12日目(広島~岡山)

<Day11(Apr. 12)>
Mihara, Hiroshima~Fukuyama, Hiroshima

 

●Walking day again

I had a rest day to heal legs pains yesterday.

But…

It still pains.

 

Oh, it has not be healed yet.

 

However, I couldn’t stop running for 2 days, so I decided to walk to the next place.

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At 4 a.m. I started from Mihara, Hiroshima.

Setonai-kai ocean is very calm in early morning.

As seeing the sun-rise shines around, I just walked alone.

 

Beginning of the day is so peaceful.

I felt good before the cool wind.

 

 

 

●Onomichi, Hiroshima

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I arrived at Onomichi, Hiroshima at 7 a.m.

It is a nostalgic small port-town.

 

 

I wanted to spend long time there, but there was no store opened.

The only ones opened were convenience stores.
I bought a local specialty, egg ice cream, at Seven-Eleven.

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I liked it.

It simply tastes good.

By the way, convenience stores here have large selections.

Especially, daily necessities like as cleanser and clothing are much supplied.

 

Is it a kind of small super market in this place?

In my opinion, convenience stores show local character there.

It is interesting to check it with a sense of that.

 

●Fukuyama, Hiroshima

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After walking for a while, I got into Fukuyama.

I hadn’t seen such a big city for long time.

 

 

There is Fukuyama castle near Fukuyama station.

Although Sakura was getting to fall out, there were many people see watch them.

 

As I was so tired, I took a rest and see Fukuyama castle after lunch.

 

I ate Okonomiyaki, Hiroshima’s local food, for lunch.

It is nice you can watch a process of cooking it.

 

It was delicious.

 

In Fukuyama, many people talked tome like that.

“Wonderful! You run across Japan!”

“Do your best on your journey.”

It made me energetic so much.

 

“Do your best.”

It is very simple word, but helps tired people so much.

 

Joyfull again

I stopped running as strong pain on my legs.

Even walking, it is very hard to walk 40 km one day.

 

 

And, I would stay at Joyfull tonight.

 

I swear to you.

I am not a sales man of Joyfull.

 

[Day11・ Distance 39km]

 

 

<Day12 (Apr. 13)>
Fukuyama, Hiroshima~Kurashiki, Okayama

 

●Kicked out of Joyfull at 3 a.m.

When I sleep at Joyfull, a clerk woke me up.

“It is prohibited to sleep in this restaurant.”

 

…Oh, I’m so sorry.

 

It is me that use it wrongly, so I had no excuse.

I paid and go out of the restaurant.

 

 

Still, is it heartless to kick me out in raining at 3 a.m?

Besides, there were very few people in the restaurant.

 

 

Anyway.

 

My legs were not at good condition yet.

It seemed impossible to run today too.

 

 

●Route 2 at 4 p.m.

It was raining all the day today too.

 

And, it was a very dark mountain hill road.

Many huge trucks was running on the road.

 

I was exposed to rain at 4 a.m.

In this situation, I just walked alone little by little.

I felt I was so pity.

 

But, it was me who decided to do this running journey.

I cannot blame on anybody for it.

That’s it is to go a minor way.

 

 

●Okayama prefecture

Going through Fukuyama, I got into Kasaoka,Okayama.

It was my first time to be in Okayama.

 

 

Then, same as convenience stores, traffic cultures show local characters there.

 

In Hiroshima, I didn’t see so many signals for walkers.

But, in Okayama, I saw them more.

And I felt cars there were running more slowly.

 

 

From walker’s view, not trains and bus, it is easier to discover that kind of things.

 

●Konko town

As the rain getting harder, I looked for a place to take a shelter.

And I stopped at Konko town, Asakuchi city.

 

It is named for the religion of Konko-kyo.

It is curious.

 

As the name, there is the headquarter of Konko-kyo there.

I searched it on Wikipedia later, and it seems the one of new religions opened in late Edo era.

I saw much Konko-kyo culture on many place in the town.

So curious.

 

 

But, I found no place to take a rest, so I passed through the town.

 

I regretted I couldn’t take any photo there because my phone had run out.

 

 

●Tamashima

For the next, I arrived at Tamashima, Kurashiki city.

It is a nostalgic town too.

 

To say more, I felt as I was in Edo-era play.

I wondered how it had remained old atmosphere.

 

Although it is a very my personal opinion, the towns in Okayama are so mysterious and curious.

They have so unique atmosphere.

 

I can feel as I was traveling time.

If I had more time, I hoped to walk around more.

 

●Kurashiki

As looking for a place to take a rest, I finally arrived at Kurashiki.

 

I walked 44 km today.

It made me terribly tired.

 

It is easier to run than walk the same distance because it takes less time to move.

When I run, I can move 10 km for about 1 hour.

But, when I walk, it takes more than twice time to move the same distance.

 

Walking is more hard in terms that total time of work-out is long.

 

And walking is different from running in terms that you can fully think about everything.

When you run, you couldn’t afford to concentrate to think so much.

 

When you run, your mind usually get very simple.

When you walk, your mind usually get complicated.

 

 

I don’t say which is better.

However, I am a person who usually think something seriously.

So, I prefer running since I can be crazy and simple.

 

After I recognized me as a running junkie, I stayed at a hotel near Kurashiki station.

 

[Day12・ Distance 44km]

 

 



Running across Japan Day9-10 Hiroshima

The same article in Japanese 日本縦断ラン 9~10日目(広島)

 

<Day9 (Apr. 10)>
Higashi-Hiroshima, Hiroshima~Mihara, Hiroshima

 

●Recommendation of running early morning

After staying at Joyfull 1 night, I started running at 6 a.m.

What a healthy life style.

 

I usually run in early morning.

 

Because there are no disturbance in early morning.

Even when you think to run at night, it often appears unexpected job and something to do and you lose time to run.

 

Besides, when I run in early morning, I feel like this.

“As I’ve already run in this morning, I can feel easy tonight.” 

It is great to spend the rest of the day with breadth of mind.

 

When I don’t run in the morning,

“I have to run much tonight to make up for no running in this morning ”

I think like that all the day.

 

It is kind of sad.

This is a character of a runner.

 

 

●Speed 10 mins/km

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Yesterday, I walked all the day with having hurt legs.

I was just wondering if I can run or not today.

I started running very carefully.

 

It pained as I expected.

But, it seemed alright if I run slowly and carefully.

 

It was so slow.

As I checked my GPS watch, it took near 10 minutes per km.

It is almost same speed as fast walking.

 

I usually run with pace of 5 mins/km, so it is almost twice time to run same distance.

 

I felt miserable, but it is o.k.

It is not everything to run fast.

I just do what I can now.

 

 

By the way, there is a marathon training, LSD(Long Slow Distance).

It is training to run long distance slowly, so-called aerobic exercise.

 

As running slowly, you can train muscle you usually don’t use.

Also, it develops capillary and makes a body takes in oxygen.

 

Besides, when you run slowly, you use different source of energy from that of when you run fast.

 

When you run fast, you use glucose energy.

When you run slowly, you use fat energy.

That is why it is said that you had better to run slowly to burn fat.

 

 

●Running exposed to the rain for 7 hours. 

Perhaps, today was the hardest day since running journey started.

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At first, it rained all the time.

Though it might be hard to recognize, it was a heavy rain.

 

 

Second, I had to run the hill of Chugoku.

It appeared horrible “The route with no sidewalk”.

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Because of the rain, the condition of ground was not good.

I paid attention to my step and cars.

 

Huge trucks sprayed a splash on me.

Thank you very much.

They work hard everyday.

 

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After running about 20 km, I took a rest.

It was my first time to see eggs vending machine.

That’s cool.

 

And yet, it was cold.

I had to run 20 more km to Mihara city, which is the next town.

 

As I looked around, I recognized nothing but mountains, rice fields, and a bit of houses.

I just wondered if I could reach to Mihara city.

 

Anyway, it was such rain.

It was better to run at a time.

 

 

●Temptation and Pride

However, it was so hard time that this idea came to my mind.

 

I hoped someone kindly talk to me like that.

“Get on my car. I will take you to Mihara.”

 

 

I was about to compromise.

Why don’t I take shelter and restart running at the same point?

 

 

But…

Even if someone suggest that he or she gives me on a ride, I would reply like that.

“No, thank you. I would not use any transportation.”

 

 

What a stubborn and hard to be treated person I am!

 

Yes, it is ok.

I would not easily expect out of me.

I would run by myself.

 

As bracing myself, I restarted running.

 

 

●Mihara

Finally, I arrived at Mihara.

I had a sense of accomplishment as I had had so hard time.

 

Though I had not run so long today (less than 40 km), I got tired terribly because I had been beaten by rain all the time.

 

I did laundry, and then checked -in a hotel.

The instant I took a shower, I went to bed.

 

After running all the day and getting tired so much, I fall down on the bed.

It is a king of extravagant life.

 

 

[Day9・ Distance 38km]

 

 

<Day10 (Apr. 11)>
Mihara, Hiroshima

 

●Rest day

In last few days, I couldn’t run as I expected because of  pain on my legs.

It still pained when I got up.

 

Then, I decided to take a rest all the day today.

 

Before then, I walked all the day as a rest.

But, it was not a efficient rest.

This time, I would take a rest thoroughly.

 

Although it is still important to run little by little, it is also important to run with fine condition somewhat after recovering.

 

I had given this message.

“It is ok to take a rest all the day. If you do that, you can enjoy running more in the next day.”

I felt so easy because of that message.

 

 

In this running journey across Japan, I set some goal points and dead-line.

Because of those goals, I didn’t enjoy running sometimes.

 

On this chance, I would quit running temporarily and finish my job at a time.

 

 

At that time, I recognized beautiful blue sky.

 

 

Oh, my god.

It makes me feel like to go run.

 

[Day10・ Distance 1km]



『EAT&RUN』スコット・ジュレク著【書評】

『EAT&RUN 100マイルを走る僕の旅』 スコット・ジュレク著

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http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4140815868/ex-bit-22/

 

勝手に書評・第1弾は、ウルトラマラソン界のレジェンドスコット・ジュレク氏の著作。

『EAT&RUN 100マイルを走る僕の旅』

ウルトラマラソンとは・・・

 

まず、「ウルトラマラソン?何それ?」という方もいると思うので軽く説明すると、

一般的には、「フルマラソンの42.195kmよりも長い距離を走るマラソン」のことである。

 

ウルトラマラソンにもいろいろ種類があって、まず距離でいえば、50km100km100マイル(約161km)200km を超えるレースもある。

世界最長のレースは3100マイル(約5000km)にも及ぶんだとか。

 

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http://trail-session.fr/wp/wp-content/uploads/2013/04/002.jpg

 

さらに、ウルトラマラソンでは山道のコースを走る大会も多い。

フランスウルトラトレイル・デュ・モンブラン(通称UTMB)米国ウエスタンステーツ・エンデュランスランが有名だ(ともに100マイル)。

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ウエスタンステーツ・エンデュランスラン

 

日本でも数多くのウルトラマラソンが開催されている。

僕も地元の奄美大島で「OSJ奄美ジャングルトレイル」という50km のトレイルレースに出たことがある。(実際には53kmだったが。)

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http://www.powersports.co.jp/osjtrail/15_amamijungle/report.htm

OSJ奄美ジャングルトレイル

 

 

来年あたりは、阿蘇カルデラスーパーマラソン100kmを走ってみようかなとか思っている。

 

他には、24時間走り続けるマラソン砂漠マラソン(7日間で250kmを走る)南極・北極を走るマラソンもある。

 

要するに、ウルトラマラソンとは「変態レース」のことである。

 

 

ヴィーガン(完全菜食主義者)のスコット・ジュレク

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http://number.bunshun.jp/articles/-/822296

 

そのウルトラマラソン界でレジェンドと呼ばれるスコット・ジュレク

彼はウエスタンステーツ100マイル7連覇スパルタスロン3連覇24時間走アメリカ記録樹立など輝かしい成績を誇る。

今年の夏には、北米・アパラチア山脈を縦断するアパラチアン・トレイル(AT)で、3489kmという距離を46日8時間7分アメリカ新記録で完走。

 

僕が日本縦断したときは、3700km148日間かけて走ったので、その約3倍の速さだ。

 

とにかく信じられないくらいの超人なのだが、実は彼はヴィーガン(完全菜食主義者)でもある。

 

ウルトラマラソンのような過酷なスポーツにおいて、果たして菜食だけで第一線で走り続けられるのだろうか?

 

彼の「走ること」や「食べること」についての考え方が綴られているのが本書というわけだが、読み進めていくと、スコット氏がもっと根源的なところに思いを深めていることが分かる。

 

それは彼の「走りと食と生の哲学」である。

 

 

地球とともに走る

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http://vegepples.net/2014/04/17/scott/

 

もっと根源的なところとは何かというと、スコット氏の「地球とともに走る」という意識だ。

 

周知のとおり、彼は常にウルトラマラソン界の第一線で走っていて、数々の大記録を樹立した。

しかし、彼がそういった偉業を成し遂げたことを自慢することはない。

 

自然は人間がいかにちっぽけな存在かを気づかせ、そして力を与えてくれる。自分がこれほど小さいと感じたことはなかった。こんなに大きな存在だと感じたのも初めてだった。 (本書より)

 

スコット氏ほどの大偉業を成し遂げた人間でも、地球の大自然の前では自らの小ささを感じるようだ。

強い人ほど自分の小ささを知っているのかもしれない

 

疑うまでもなく、ウルトラマラソンは世界で最も過酷なスポーツの一つだろう。

 

極度の疲労、身体の痛み、内臓疲労、睡眠不足、意識混濁。

嘔吐を繰り返したり、幻覚を見ることも常だという。

さらには、厳しい気象条件、路面状態とも向き合いながら走らなければならない。

 

そうした極限状態に立たされた人間の悟りは一体どのようなものだろうか。

 

その状態の人間が考えることは、きっと「タイムの速さ」「順位」ばかりではないと思う。

自分の“外”ではなく、徹底的に自我の奥底へと思いを巡らせ、ただ「今」という瞬間を感じるのだろう。

 

そうしたシンプルな思考領域に入ったことのある人間だからこそ、「食べる」「走る」という極めてシンプルで、動物的で、本能的な活動の意味を悟ることができるのかもしれない。

 

彼は「速く走るため」とか「大会で勝つため」だけに走っているわけではなく、また菜食の生活を送っているわけでもない。

 

ただ、地球という大きな環境の中に存在するひとりの人間として、より自然で、よりシンプルに生きることの喜びを知っているのだと思う。

 

こう言うとウルトラランナーが徹底的な個人主義者のように思われるかもしれないから付け加えておくと、スコット氏は本書でこのようなことも述べている。

 

最も大切にしている友情が、一人でだれにも頼らず挑戦する孤独なスポーツから育まれたことは、何という皮肉だろう。ウルトラマラソンはチームで戦うものではないのに、この徹底した個人主義のスポーツを通じて培われた絆が、僕の人生で何よりも強いのだった。 (本書より)

 

孤独を知るからこそ、他者との関係性の中で生きることの喜びも見えてくるのかもしれない。

 

長々と書いてしまったが、結局こういうものは「まず、やれ。そして、体感せよ」の世界だ。

 

僕も近いうちに、ウルトラマラソンで100kmとか100マイルとか走って、新たな世界を自分の身体で感じてみたい。

 

走らない人でこの感覚が分かる人いるかなぁ・・・。