5年

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東日本大震災から5年。

僕は去年初めて被災地に足を運びました。

それぞれの町で復興の状況は違うし、もっと言えば一人一人によっても状況は違います。
だから、「被災地」という言葉ではとてもひとくくりには出来ませんが。

津波の爪痕を残す風景、復興に突き進む町の人達の力強さ、未だ癒えない心の傷。

様々なものが目の前に現れ、ただただ呆然としてしまいました。

自分に何が出来るのだろう?

それはまず、自分があの時東北で感じた思いを忘れないことなのかな、と。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災地の復興を願ってキャンドルを灯します。


5 years have passed since the great earthquake in East Japan.

I visited there last year.


There are so many aspect on that disaster that it cannot be explained by simple words.

When I went there, I just lost my words.


Only I can do is not to forget those feelings l had there.


Pray for 3.11.

ともしびプロジェクト

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お世話になった人に会いに行く旅

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山口県光市

日本縦断の時にお世話になった方々と再会しました。

 

※参考過去記事

日本縦断ラン 5~6日目(山口)

 

前回と同じように、温かく僕を迎えてくれた光の方々。

こうしてまた光に来れたことが嬉しいです。

 

正直、観光地としての強みがそれほどあるわけではない光。

しかし、“人”が僕をその地に引き寄せます。

そうして、世界のあちこちに自分の帰る場所が増えていったら良いなぁ、なんて思ったりします。

 

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旅先での出会いが良いなんてよく言いますが、一度会ったくらいではなかなか次に繋がらず、それっきりになってしまうことも多いです。

だから今回の旅では、お世話になった方々に“もう一度”会いに行こうと思いました。

 

一続きの旅路でお世話になった方全員に会いに行くのはなかなか難しいですが、単発の旅でも是非また会いに行こうと思います。

 

日本縦断中、各地で「また遊びに来ます!」と言い放ってばかりの僕でしたが、

これが「行く行く詐欺」にならないように気を付けます。

 

いや、別に変な義務感を持っている訳ではないんですけど。

むしろ僕には「またその場所へ行く理由」があることが嬉しいです。

 

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あ、それから、光のランニング仲間の方々と話していて『阿蘇ランニング合宿』のアイデアが結構ウケが良かったので、是非実現したいと思います。

マラソンによる観光と言っても、単なるレースよりもう一歩踏み込んだ企画がこれからは大事なんじゃないかな。

人間、結局“ないものねだり”する生き物

 

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“ないものねだり”

 

人間って実にわがままですね。

 

都会にいたら田舎が恋しくなるけど、田舎にいたら都会が恋しくなる。

集団生活をしていたら一人になりたくなるけど、かといって一人で生活していたら人が恋しくなる。

仕事ばかりで忙しいときは「休みたい」と思うけど、いざ休みばかりで暇を持て余すと「働きたい」と思う。

同じ場所で生活していると「旅に出たいなー」と思うけど、毎日毎日放浪の旅をしていると「そろそろどこかに腰を据えて生活したいなー」と思う。

 

※以下、ランナー向け

走ってばかりいると休みたいと思うけど、休んでばかりいるとまた走りたくなってくる。

記録ばかり求めて走っていると「ただ単純に楽しんで走りたい」と思うけど、ゆるーく走ってばかりいると記録を求めたくなってくる。

スピード練習ばかりしていたら距離走が恋しくなるけど、距離走ばかりしていたらスピード練習が恋しくなる。

 

ああ、人間って結局“ないものねだり”なんだなぁ、と思いますね。

 

 

「ない状態」を知るから「ある状態」の有難さが分かる

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これは、よく言われる言葉に言い換えたら

「失って初めてその有難みに気付く」

とでもなりましょうか。

 

毎度のことながら、日本縦断ランの経験を引き合いに出しますが、例えばお風呂

多分一般的な日本人だったら毎日お風呂に入るのが当たり前だと思いますが、節約旅をしていたら一週間以上お風呂に入らないことなんてざらにあるわけです。

一週間以上ぶりに入るお風呂なんてあり得ないくらい気持ち良いですからね。

本当にお風呂の有難みを感じます。

お風呂のない生活をしていたからこそ。

 

同じく野宿も。

僕の場合、一日40km以上も走った日に野宿するという生活が何日も続いたりしましたから、疲労がなかなかとれません。

そんなときに見知らぬ人が家に泊めてくれて、フカフカお布団の上で寝させてくれたときにはもうあり得ないくらい気持ち良いですからね。

屋根があって壁があるところで安心して寝れる。

それだけのことが、何と素晴らしいことなんだと思うんですね。

毎日野宿していたからこそ。

 

そして、それと同時に人の優しさにもあり得ないくらい感動します。

 

「ない状態」を知るから「ある状態」の素晴らしさに気付くんです。

 

「あり過ぎる」と「ない状態」を求め始める

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ところが、不思議なことに人間は「あり過ぎる」ものを煩わしいと思い始めます。

 

情報にしてもそう。

仕事にしてもそう。

物質的なものにしてもそう。

人付き合いにしてもそう。

 

僕も確かに、久しぶりに屋内で布団の上で寝たときはその快適さに感動します。

しかし、やっぱり野宿も野宿で楽しいことがあるんです。

満天の星空を眺めながら、夏の夜風を肌に感じ、自然の暗闇に溶け込んで眠りに落ちるあの感覚。

結構クセになります。

 

この場合、つまり快適な家の中で寝ている場合、

それは「刺激がない状態」ともいえるんですね。

「快適さがある」ということは「刺激がない」ということでもあるんです。

(もちろん、どっちが正しいとかいうわけではなく)

だから、“そこにはない刺激”を求めて旅人はまた旅に出ると思うのです。

 

仕事に関して言えば。

仕事が忙しいときは「休みが欲しい」と思います。

それは“休みがない”からです。

でも、いざ休んでばかりいると暇を持て余してしまっていずれ「働きたい」と思い始めます。多分。

それは“働きがいや生きがい、刺激がない”からです。

 

やっぱり“ないもの”を求めてしまうんですね。

不思議です。

人間は欲望の塊です。

 

“心変わり”を認めてあげること

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つまり、何が言いたいかというとですね。

あなたが求めるものには、それを求めるタイミングがある

ということです。

 

 

要するに“心変わり”と言いますか。

誰だって心変わりくらいするんじゃないでしょうか。

 

「私の好きなことはこれだ!」と思ったことが、やってみると案外そうでもなかったりとかも多分すると思います。

こんなにランニング、ランニングばっかり言ってる僕ですら、時には走りたくないと思うこともあるくらいですから、多分間違いないです。

 

心変わりは、します。

自然な事です。

 

ところが、今の日本社会には、「心変わりを許さない風潮」が根強く残っている気がします。

例えば就職する際に、どれだけ長く勤められるかが重要な判断材料となります。

「この会社に忠誠を誓い、生涯をかけて献身し続けられますか?」

という問いに、断固たる自信を持ってイエスと答える人が企業に採用されやすいのです。

その自信はどこから生まれるのでしょうか。

 

もちろん、ここには企業側の都合もあるから仕方ないんですけどね。

ただ、もう少し“心変わり”に寛容なシステムになっても良いのではないかな、と思います。

 

現代社会は物凄いスピードで変化していると言われていますが、それは多分人間の心変わりが物凄いスピードで社会に反映されていっているということだと思うんですね。

インターネットとかの普及によって。

消費者のニーズも、労働者のニーズも、企業のニーズもどんどん変わっていく。

 

そんなご時世に、単一の所属、単一の手法、単一の信念に拘り続けるのもどうかと思うのです。

近い将来、「初志貫徹」「迷いがない」といった美辞が通用しなくなることが増えてくるかもしれません。

 

だから、僕のこの考え方もすぐに変わっちゃうかもですね。

「心変わりする」という考えが「心変わりする」。

ああ、逆説的。

 

プロセスのある旅

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約1年前、走って日本縦断をし始めた頃。

その時走ったルートにほぼ沿って、今、北上している。

あ、今回は電車で。

見覚えのある町並みを眺めながら。
聞き覚えのある地名を電車のアナウンスで聞きながら。

全国的にはほとんど無名の町ばかりだけれど、僕にとってはどの町も、いや道のひとつひとつすら、全て思い出深い。

「あそこで野宿したなぁ」とか、
「ここで大雨が降ってびしょ濡れになったなぁ」とか、
「ここの坂道キツかったなぁ」
「脚が痛くてたまらんかったなぁ」
「あのコンビニで差し入れをくれたおばちゃん元気かなぁ」とか。

やっぱり、“プロセスのある旅”はずっと記憶に残るのだと思う。

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『日本縦断ラン報告会&交流会』を開催

 

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11/15、福岡にて『日本縦断ラン報告会&交流会』を開催させて頂いた。

 

会場は、福岡市中央区にあるカフェ&ダイニング『HAPPY HILL』

産地にこだわった食材で、美味しい料理を提供してくれる落ち着いた雰囲気のお店。

 

当日は20人を超える参加者が集ってくれた。

まず、福岡を中心にお世話になった方々への「日本縦断ランの報告」、それからキャリア形成についても、僭越ながら話させてもらった。

 

今回のイベントは先輩や友人が主催してくれたのだが、こういう類のイベントは張本人が企画するのは多少気が引けるものなのでコーディネートしてくれた彼らに感謝したい。

 

自慢話はしたくなかった

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「日本縦断ラン報告会」はあくまで「報告会」である。

だから、自慢話はしたくなかった

 

「じゃあ、なぜこんなイベントを企画するんだ」

「黙っていれば、自慢になることもないじゃないか」

 

と言われるかもしれない。

 

もっとも、僕も最初はそう思っていた。

しかしふと、それは「聴衆への貢献意識」に欠けているのではないか?

と思い直した。

 

少なくとも僕は「ランニングで日本縦断」を成し遂げたという実績を残した。

それは世間的に見れば多少アブノーマルな挑戦であったし、多くの人が興味を持ってくれた。

結果論ではあるが、今回の報告会でも20人以上の人々が集まってくれた。

 

少なくとも今ここにいる20人程度の方々は僕の経験に何かしらの興味を持ってくれている。

 

そんなときに「自慢話として聞かれたくない」という恥じらいの気持ちは、ベクトルがあまりにも自分に向きすぎているのではないか。

 

正直、「日本縦断ラン」を通して普通の人が経験できないようなことを経験できたと思うし、そこから学んだことも多かったと思う。

その経験や思いを自分だけのものにするのではなく、他の人にもシェアするというのが僕なりの貢献の仕方かな、と。

 

僕は凄くない

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というわけで、この報告会で僕が何度も口にしたのが、

「僕は凄くない」

ということ。

 

僕は自分のやりたいことをやっただけで、それを楽しんでいただけである。

もちろん、全ての人が走って日本縦断をするべきだとは毛頭思っていない。

 

それぞれの人にそれぞれの冒険があると思っている。

その冒険へ一歩踏み出すためのきっかけに、僕の話がなってくれたらこの上なく嬉しい。

 

自戒をこめて

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まだまだ青二才の僕。

偉そうに話させてもらったが、その内容はある意味、自分に言い聞かせているようなものでもある。

 

これからも僕の冒険は続いていく。

みんなの冒険も続く。

 

そんなことを参加者同士で確認し合うような、双方向性のイベントに仕上がったと思う。

 

最後にもう一度、参加者の皆さん、主催・準備してくれた方々、本当にありがとうございました。

 

 


 

 

 

 

【日本縦断ランを共にした愛すべき荷物たちを紹介】

 

走って日本縦断しているとき、

「荷物は何が入ってるの?」

と聞かれることも多かったので、
今回は日本縦断ランを共にした荷物たちを公開しようと思う。

バックパック

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まず、なんといってもこれ。

バックパック

以下に紹介する持ち物たちを詰め込んで、総重量10~13kg程度だった。
人によって荷物の量は変わるし、旅の目的、期間、季節など様々な要因があるので、あくまで参考です。

使っていたのは、信頼のグレゴリー製品
とにかく頑丈。
容量:約44L

バックパックは常に背負っているわけなので、かなり重要な装備だ。
僕はこれを購入する際は、東京のグレゴリーショップにて何度も試しに背負ってみて決めた。

一番重視したのは、フィット感

ずっと背負って走るものなので、なるべく背負っていることがストレスにならないものを選んだ。

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寝袋(シュラフ)

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続いて、寝袋(シュラフ)。
野宿するなら必需品だろう。

夏でも朝晩は結構冷えることもあるので、やはり必要かと思う。

ちなみに5月の長野は極寒だった
北海道は8月であるにも関わらず早朝は5℃以下になることもある。

僕はテントを持っていなかったので、頼れるのは寝袋だけ。
しかし、そうした寒さの中、寝袋だけではやはり厳しい
そのため、余りにも寒い時は何とか屋内で寝れる場所を探した。
無人駅とかトイレの中とか。

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(装着時はこんな感じ。)

購入リンクはこちら。
全く同じタイプではないけれど。

着替え

Tシャツ×4~5枚

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Tシャツはランニングウェアで速乾性の高いものを用意。

 

半ズボン×3着

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Tシャツ同様、ズボンも速乾性の高いものを。
やはりランニングウェアは頼りになる。

 

長ズボン×1

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地域によっては、夏でも朝晩は冷えるので持っていた方が無難。
ジャージ素材なので軽い。

 

ウインドブレーカー×2~3着

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ウインドブレーカーはめちゃくちゃ多用した。
手軽に体温調節できる上にコンパクトに収納できる。

個人的には、薄手のものが使いやすいと思う。
寒さが厳しいときはこれらを二枚着する。

 

靴下×3~4足

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靴下は旅の5ヶ月の間に6足ほどダメにした

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(ボロボロ。)

ドンキだと3足セット1000円程度で買えるので、良いタイミングで買い替えていた。

●下着×4~5着

こちらは画像なしで。
はい。

 

「靴は何足使ったの?」
ともよく聞かれるが、

使ったのは、シューズ2足足袋1足

●アシックス ターサー(1足目)

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中学時代から愛用のアシックス
何よりフィット感が抜群である。

ちなみに厚底のものよりは薄底のものをお勧めする
接地や蹴り出しの感覚が分かるし、厚底のものより自由に足を動かせる感覚があるからだ。

「初心者は厚底」というセオリーみたいなものがあるが、あまり気にしなくてよい。
初心者であろうと、身体の感覚を大事にした方が良いと思う。

こちらのシューズは旅を始める前からそこそこの距離を走っていたので、旅の途中で買い替え時が訪れた。
買い替えたのは東京を訪れた時。
旅を始めて1500kmくらい走った頃である。

トータルではこのシューズ一足で3000km程走っただろうか。
お世話になりました。

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(買い替え時には、親指の部分が破れていた。)

●アシックス ターサー(2足目)

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東京で買い替えた新しいシューズがこちら。
こちらもアシックスで、以前履いていたもののニューモデル。

つま先部分が耐久性のある素材で補強されているので、頑丈さが増した。

最初は若干クッションが強すぎた感じがあったが、靴底が擦り減ってきてから次第に馴染んできた。

●ランニング足袋・無敵

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ランニング足袋・無敵

こちらは東京にて「無敵開発チーム」の方々から提供してもらった。

靴底には薄いゴム板があるのみ。
裸足感覚で走ることができる。

詳しい説明は過去記事にて。
日本縦断ラン 49~50日目(埼玉~東京)

 

時計

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SEIKO スーパーランナーズ(右)

いわゆるランニングウォッチ。

時刻の確認タイム測定ができる。

電池式。

 

EPSON GPSウォッチ(左)

主に利用していたのはこちら。

GPS機能があるため、自分が走った距離が分かる。

旅ランで走る道はほとんど見知らぬ土地なので、距離の把握は重要だ。
その他、現在自分が走っているペースも確認できるので便利。

ただ、旅の後半になると、GPSウォッチがなくても身体で距離感覚やペース感覚が掴めてきて、その精度はGPSウォッチに限りなく近くなったという説がある。

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ただし、このGPSウォッチは充電式。(上図参考)

旅中は頻繁に充電できるわけではないので、使わないときは電源をOFFにしておく。
その際は、普通のランニングウォッチの方で時刻を確認するという感じ。

パソコン

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パソコンはブログ更新経費計算写真データ管理等に用いる。

かなりコンパクト軽いので、持ち運ぶのはそれほど苦にならない。
というか、とにかく軽いのを選んだ。

多少処理機能が低かったり、ネットの接続が悪かったりするが、それに差し引いても「軽い」というのは大きな魅力だ。

旅が終わっても愛用している。

ちなみにキーボード付きを選んだ。

 

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旅中はなるべく荷物を減らしたいところなのだが、本は常に3冊程度持ち歩いていた。

走っていない時間は、読書PC作業

そして、読み終わった本は古本屋で売ったり、どこかにひっそりと置いて行ったりしていた。

ちなみに昭和初期~中期・大正・明治文学洋書等、古典的な本を積極的に読んでいた。
時の洗礼を受けて現代に残る文章はやはり読み応えがある。
よく理解できていないが。

 

手帳、文房具

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手帳には、走行距離ルート食事等を記録。

ポストイット名刺代わりに自分の名前と連絡先を書いておく。
手書きなのが意外にウケが良かった。

領収証綴り

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経費計算のために領収証をとっておいた。

会計の仕事を少しかじっていたので、こういう細かいことが癖になってしまったようだ。

ただ、使ったお金を記録しておくと今後の参考にもなるので便利。

 

ちなみに、今回の日本縦断ランでかかった費用のデータは過去記事にて公開しているのでどうぞ。↓

ぶっちゃけ日本縦断するのにいくらかかったの?~費用データあれこれ~

 

小物

●給水ボトル

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容量0.6L
このくらいの容量が丁度良かったし、デザインも気に入ったので購入。

ただ、ボトル内を洗う機会が少なかったのでカビの生えやすい清涼飲料はあまり入れないようにした。

●タオル×2枚

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地元のマラソン『奄美桜マラソン』のタオルと、
大学1年時、補欠で行った『全日本大学駅伝』のタオル。

バスタオルにも代用。

 

サングラス

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2万円とかする高価なものではなく、スポーツ用品量販店に売ってある2000円程度のもの。

チャラいと言われ、後半からはあまり着けなくなった。

 

●帽子

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中学時代から愛用の帽子。
アシックス

ボロボロになってきたけどまだ使える。
ランニングキャップなので、やはりコンパクトで軽い

同じモデルのものが多分もう販売されていないので、こちらのリンクを貼っておきます。

 

●レインウェア

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コンビニで500円くらいで売ってるやつ。

 

●コンパス

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登山用品店に行けば買える。

スマホの地図があったのでコンパスを使う機会は少なかったが、万が一の時のため。
とりあえず目的地の方角さえ間違ってなければ大丈夫。

 

クマ除け鈴

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こちらも登山用品店にて。

クマに人間がいることを知らせて身を守る

しかし、相手がヒグマの場合、状況次第ではクマ鈴の音が却って彼らを引き寄せてしまうこともあるらしい。

ヒグマ怖い。

一応、リンクも。

 

ヘッドライト、予備電池

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夜間に走ることはほとんどなかったので、これを使う機会もなかったのだが、念のために持っておいた方が良いと思う。

コンパクトなのでそれほど邪魔にならない。

ちなみに、ヘッドライトはトレイルランのレース等では装備が義務付けられていることも多いので、トレイルランに出る予定のある人は早めに用意しておいても良いだろう。

 

食料

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荷物を減らすため、基本的に食事は現地調達

しかし明らかに
「この先ほとんどコンビニないだろうなア」
と予想できる場所も多い。

実際80kmくらいコンビニやスーパーが何もない道もあった

そんな時は事前に食料を買い込む

出会った親切な方からの差し入れも有難く頂いた。

ただ、どうも僕は食べ物をストックしておくことが苦手らしく目の前にあるとバクバク食べてしまうのであった。

 

まとめ

日本縦断ランを共にした装備たち。

他にも細かい持ち物はあったが大体こんな感じだ。

それから購入のリンクを沢山貼ってしまったが、全て僕が実際に使ったものなので自信を持ってお勧めできる。

5ヶ月も持ち歩くのだから、やはり物は厳選されていく。

ただ、あくまで個人的な感想も多い。
装備品は、人によって合う合わないがあるので、あくまで参考ということをここに記しておきたい。

ぶっちゃけ日本縦断するのにいくらかかったの?~費用データあれこれ~

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いろいろ自分をオープンにしてみようキャンペーン。

 

「ぶっちゃけ日本縦断するのにいくらかかったの?」

という話。

 

結構尋ねられることが多いので公開します。

 

トータル費用は、ざっくり30万弱

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旅の期間が大体5ヶ月だったので、1ヶ月あたり6万円という計算になりますね。

かかった費用は割とマメに記録していました。
(税理士事務所でバイトしてたおかげか。)

内訳はこんな感じ。

 

<計上期間:4/2~8/27>

●食費:¥ 123,141

●宿泊費:¥ 117,244

●備品費:¥ 13,170

●交通費:¥ 2,010

★合計:255,565

 

・・・なんですが、上記はあくまで計上した分の金額です。

洗濯代自販機で購入した飲料代など記録し損なった費用もありますので、そこは概算致します。

 

・洗濯代:¥ 600×8回=¥ 4,800(概算)→雑費計上

・飲料代(自販機購入分):¥ 160×50回=¥ 8,000(概算)→食費計上

・未計上食費:¥ 5,000(全く以て概算)→食費計上

 

以上の費用をプラスすると・・・

 

<計上期間:4/2~8/27>

●食費:¥ 136,141

●宿泊費:¥ 117,244

●備品費:¥ 13,170

●交通費:¥ 2,010

●雑費:¥ 4,800

★合計:273,365

 

となります。

 

また、この他にも僕が個人的に使ったお金があります。

大体それは本の購入代なのですが、
古本屋で100~300円程で購入しては、読み終わったら売るか、どこかにひっそりと置いていくということをしていました。

 

それが、概算で

¥ 250×40冊(概算)=¥ 10,000

 

以上をプラスすると

 

★合計費用:¥ 283,365

 

となりますね。

まあ、大体5ヶ月で30万円くらいかかったと思ってもらえればよいです。

 

食費について

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食費の ¥ 136,141を旅の所要日数で割ると、

¥ 136,141 / 148日=約 ¥ 920

一日当たりの食費は、1000円弱ということになります。

 

一日二食の日が多く(朝食と昼食が一緒になる感じ)、上手い具合にお店がなければ食事は抜き。
主にコンビニやスーパーで惣菜を買って食べていました。
また、外食した時は、一食で1000円超えのときもあります。

本当にその時の状況によって食事の摂り方は様々でした

ただ、旅先で差し入れを頂いたり食事を奢って頂いたりすることも多かったので、
トータルでは事前に予想していたより安く済みました

しかも食べさせて頂いたのは地元の美味いものばかり。

本当に有難うございます。

 

宿泊費について

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宿泊費の解釈はちょっとややこしくなります。

宿泊施設ネットカフェ人の家に泊めてもらう深夜営業の飲食店に籠城野宿・・・

などなど、様々なシチュエーションがあったからです。

 

まず、宿泊状況のカテゴリー別に泊数を算出します。

 

Ⅰ.宿泊施設(ビジネスホテル、旅館、ゲストハウス、ネットカフェ、カラオケ)
・・・46泊

※ネットカフェとカラオケが宿泊施設なのかはさておき。取り敢えず、お金を払って泊まる施設。

 

Ⅱ.宿泊施設(本当はお金がかかるのだけど、人が代金を支払ってくれた或いは宿の方がまけてくれた)
・・・4泊

 

Ⅲ.宿泊施設(別プロジェクトの費用に計上)
・・・2泊

 

Ⅳ.人の家に泊めてもらう(以前からの友人知人・初対面の方)
・・・25泊

 

Ⅴ.船中泊(青森→函館間フェリー)
・・・1泊

 

Ⅵ.深夜営業の飲食店
・・・4泊

 

Ⅶ.野宿(屋内、屋外)
・・・66泊

 

まず、宿泊費 ¥ 117,244 を旅の所要日数148日で割ると、

¥ 117,244 / 148日=約 ¥ 792

一日当たりの宿泊費は、800円弱となります。

 

次に、実際にお金を払って宿泊施設に泊まった泊数(Ⅰ)である46泊で割ると、

¥ 117,244 / 46泊=約 ¥ 2549

宿泊施設一泊あたりの費用は、2500円程度となります。

 

それにしても、こうやって振り返ってみると、

一番多いのは野宿でしたが、人のお宅に泊めてもらったのが25泊もあります。
実に全旅程の6分の1にあたります。

それからホテルの手配をしてくれた方や宿泊費をまけてくれた方もいました。

本当にたくさんの方に助けていただいた旅だったなと改めて思います。

有難うございました!

 

後記

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とまあ、こんな感じです。

旅の途中に時間を見つけては、経費精算やら何やらしてました。

こうやって記録付けするのはあまり苦になりませんね。
(自分の振り返り用だったので、未記録の部分も多いですが。)

練習日誌も割と書き続けられる方です。

几帳面というか神経質というか…。

ご察しの通り、典型的なA型です。

 

走って日本縦断をしてやろうという強者がどれくらいいるのか分かりませんが、
何かのご参考になれば幸いです。

 

 

 

 

【僕は日本縦断をして成長しなかったと思う】

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5ヶ月間で3700kmを走る日本縦断ランを終えて、僕の周りの方々からよく言われるようになった言葉がある。

 

 

「きっととても成長しただろうね」

「一回りも二回りも大きくなったはずだね」

 

 

そうお声掛けしていただくこと自体は大変有難いことなのだが、はて、本当にそうだろうか。

 

 

僕は違和感を持った。

というのは、僕自身、「自分が成長した」という実感がないからだ。

 

いや、確かに少しは成長したかもしれない。

 

多少日本の地理には詳しくなったし、どこでも平気で野宿できるようにはなった。

だが、せいぜいこんなところである。

 

どこでも野宿できるからなんだ、と言いたくなる。

 

 

さて、一般的に「成長」といえば、縦方向のそれを思い浮かべる。

 

何かのスキルが身に着いたとか、マラソンのタイムが伸びたとか、人間的な評価が上がったとか。

 

世の中に“優”と“劣”が在るとして、“優への上昇”こそが、一般的には、「成長」という言葉の意味するところだ。

 

 

ところが、どうだろう。

僕は走りでの日本縦断を達成して、“優への上昇”を果たした気がしない。

 

 

僕の精神は、ある場所をぐるぐると、あるいは飛び飛びに、実に不規則な動きで迷走していた。

 

 

僕は旅の途中、多くの人々と出会い、何度も自分の観念を覆された。

世の中には自分が信じてきたものとは全く逆のものを信じる人すらいるのだ。

そうして、旅中の出会いや経験を通して自分の考え方は何度も変化した。

 

 

例えば。

 

大学で専攻していた商学部の講義では、ビジネスは利益を追求するものだと習った。

ところが、旅中に出会った経営者の中には「儲けなくていい」という信念をもっている人もいた。

 

例えば。

 

旅に出る前、僕は毎日風呂に入らなければ不潔だと思っていたが、今では毎日風呂に入るのは贅沢過ぎる気がして後ろめたい。

 

 

まあそんなところだ。

 

 

僕の考え方はあっちに傾いたりこっちに傾いたり、それまで積み上げてきたものがぶち壊されたり、新しく固まりはじめたり。

そうした変動を繰り返していた。

 

 

そういう意味で、僕は“優への上昇”すなわち「垂直的成長」をしなかったと感じるわけである。

 

 

ところが、先述した思考の破壊や創造、迷いなども広義的に「成長」と捉えたらどうだろう。

それらを「水平的成長」と呼ぶならば、

僕は「水平的成長」をしたといえるかもしれない。

 

 

いわば土台作り。

目に見えない部分での深化。

 

旅を通して、様々な人の考え方に触れたこと、様々な地域を見たこと、様々な環境下で過ごしたこと。

 

 

それらが、いつの日か心の拠り所くらいにはなる気がする。

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【走って日本を縦断したことも所詮、過去の記憶となる】

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「日本縦断ラン」を終えて1週間が経った。

僕は自らの脚だけで福岡から北海道の宗谷岬まで3700kmという距離を踏破した。

 

5ヶ月近くかかったこの挑戦は結末を迎え、それはやがて過去の記憶へと変わっていく。

そしてその記憶は時の流れとともに薄れていき、日常の波が押し寄せてくる。

 

いや、何もこれまでが日常でなかったわけではない。

日本縦断をしているときも日常は変わらず日常であった。

 

街ゆく人々は朝、車を会社へ走らせ、夕時はスーパーへ買い出しに出かける。

山中の鳥たちはいつものように夜明けを知らせて鳴き始める。

僕はいつものように腹が空き、疲労し、眠くなる。

 

僕ひとりが「非日常」にいたということはない。

日本中のどこへ逃げても、そこには日常があった。

 

 

その日常の中で、僕は走って日本を縦断した。

そして今、その「事実」が残った。

僕はその事実を5ヶ月かけて完成させたのだ。

 

別に自慢したいわけじゃない。

それは小学生が夏休みの宿題を終わらせたとか、大学生が同じバイトを4年間続けたとか、そういうことと何ら変わりない。

 

これは「事実」の完成に過ぎない。

日常に起きた地味な出来事の積み重ねである。

 

 

「で、そこから何を学んだの?」

 

就職活動にて、その学生の過去の活動を聞いた後、採用担当者が必ずと言っていいほど投げかける質問だ。

 

今の僕はまだこの質問に自信をもって答えられない。

どの言葉を選んでみても陳腐に聞こえてしまうからだ。

 

果たしてこの日本縦断ランにはどういう意義があったのだろうか。

 

 

・・・とまあ、つまらない感傷に浸っている。

 

人間が抱く迷いや漠然とした不安なんていうものは、大抵ひとりよがりの自慰行為だ。

きりがない。

人は迷いたいと思えばいつまでも迷えるし、不安を感じようと思えばいつまでも不安でいられる。

 

 

そこで僕は開き直った。

 

日本縦断ランから何を学べたかなんて今すぐ分かるものではないさ。

 

もはや、日本縦断ランは「過去」の遺物である。

 

僕は「今」何をしているかで自分を語りたいと思う。

 

その「過去」が「今」にどう繋がっているのか、急いで定義するほどのことでもあるまい。

一時期流行ったが、故スティーブ・ジョブズの言葉を借りれば「コネクティング・ザ・ドッツ(connecting the dots)」とでも言おうか。

いつか繋がれば、それで良い。

 

 

「では、お前は今、何をしているんだ?」

 

と聞かれれば、僕はまだ、ひとりよがりの迷走を続けている。

 

けれども、確実に走行距離は増えていると思うし、迷走する中で見えてきた景色も、確かにある。

 

 

そして、今日も日常がやってくる。

時はある残酷さをもって流れていく。

 

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日本縦断ラン 147~148日目(豊富~稚内)[最終日]

<147日目(8/26)>     

北海道・豊富町~北海道・稚内市

 

●豊富町発

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昨晩は快適に眠ることが出来た。

翌朝7時豊富駅を発つ。

 

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いよいよ日本最北端の町・稚内市まで残り39km

 

これまで3600km走ってきた中の39kmと考えると短いかもしれないが、実際はフルマラソンに近い距離である。

 

30kmも一日単位でみるとやはり長いのだ。

それどころか、場合によっては1kmという距離ですらとんでも長く辛く感じることさえある。

 

ただ、こうやって毎日

「今日は何km走ろう」

と地図を見て計画し、そして走る。

 

その積み重ねがようやく3600kmに達したのだと考えると感慨深い。

 

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と、哲学的なことを言ってみたが、目の前には何もない。

何もないから哲学的なことを考える。

 

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途中から歩行者・自転車用の副道が現れる。

 

・・・が、何もない。

 

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18km走ってようやく稚内市に突入。

 

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したものの、見渡す限り牛乳パックの風景だ。

 

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そろそろ一旦休憩を挟みたいところだが、目の前にはこのような道が延々と続くばかり。

休めそうなところが全くない

 

1時間半そのまま歩き続ける。

脚は既にガチガチに固まっている。

 

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もういいや。

歩行者誰もいないし道端に座ってしまえ

 

恥も何もない。

 

そこに1時間程座り込んでいたが、歩道は人っ子一人通らなかったので多分誰にも迷惑はかけていない。

車の中の人からは変な目で見られたが。

 

●稚内市

 

ランを再開し、10km走って稚内市街に到着。

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ついに日本最北端の町だ。

標識のロシア語表記がさらにその事実に現実味を与える。

 

今日は稚内市街で休み、明日日本最北端地点・宗谷岬まで走る。

 

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夕方になり澄んだ空に希薄な雲が流れる。

北海の風を肌に感じながら、この旅の終わりが近づいていることを何となく考えようとするが実感が湧かない。

 

無意識に旅の終わりという現実を脳が拒否しているのだろうか。

 

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今夜は日本最北端の駅・稚内駅のベンチにて野宿。

風が穏やかだったので寒さは昨日、一昨日ほど厳しくはなかった。

 

[147日目・走歩行距離:41km]

 

<148日目(8/27)>     

北海道・稚内市~北海道・稚内市 宗谷岬

 

●稚内市発

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4時半起床

さて、今日はいよいよ最終日

 

日本最北端地点。

ゴールの宗谷岬まであと30kmだ。

 

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未だに最終日の実感が湧かないままスタートする。

 

まあ今日も30km走らないといけないのだ。

浮かれている場合ではないといったところか。

 

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風が強い

とにかく風が強い

 

北海に吹き荒れる突風が何度も僕の身体を揺さぶる。

重いバックパック背負いながら走っているとさらにバランスを保つのが大変だ。

 

目にはゴミが入り、まともに前を向いて走れない。

 

誠に現実は厳しい。

最後だからといって気を抜くな、目を覚ませ、と言わんばかりの突風だ。

 

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雲の流れは早く、交通安全の旗がバタバタと音を立ててなびく。

空を舞う鳥は風に流され、華麗なバック飛行を披露する。

 

僕も結構真剣に走っているのに1km7分近くかかっている。

 

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強風に喘ぎながら走っていると、道端にはエゾシカが普通に現れる。

この日だけで3頭見かけた。

予想以上に大きい。

 

一瞬興奮したものの、今はとにかくゴールの宗谷岬を目指す。

 

 

●最果ての地・宗谷岬

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宗谷岬まであと5kmの看板。

 

この時ぐらいからようやくゴールの実感が湧き始め、ゴール時のことを妄想しながら一人でニヤニヤしだす。

 

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しかし、最後の最後で何度もカーブが続きなかなか岬が見えてこない。

 

氷河時代に形成されたという不規則な形の宗谷丘陵

この強風も宗谷丘陵の不規則な形が生んでいるのだろうか。

 

 

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そして長い間焦らされた末、ようやく岬が見えてきた。

 

もうゴールまであと2km程だ。

 

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あと200m

 

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そして、着いた。

 

福岡県・福岡市~北海道・宗谷岬

総走歩行距離:3704km

所要日数:148日(2015/4/2~2015/8/27)

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日本縦断ラン、走破。

 

 

●後記

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ゴール後もあまり実感が湧かなかった。

ゴールの瞬間は不思議な気持ちでいっぱいだった。

 

もっと達成感に満たされたゴールになるのかと思っていたが。

 

目の前には宗谷岬の日常があり、多くの観光客がいて、シャトルバスが行き来していた。

 

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最北端到着証明を発行してもらった。

 

だが、僕の旅の記録はこの綺麗な証明書には記されていない。

僕は一種の虚無感すら感じた。

 

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5ヶ月間バックパックに貼っていた「日本縦断RUN」の旗を外した。

 

この古びた布きれ。

5か月前に手作りしたこの旗こそが旅の記録を物語っている。

 

そして自分の身体シューズも。

 

過酷な局面親切にされた経験

様々な思い出が蘇ってくる。

 

ただ走っていただけの旅とは思えない。

自分一人でここまで走って来れたとも到底思えない。

 

多くの人に支えられてきた。

人との出会いがこの旅に最高の彩りを与えてくれた。

ありあまるほどの親切をもらった。

 

振り返ってみると、毎日が、全てが、輝いていた。

 

 

・・・これ以上書くと、臭くなりすぎるから止めとこう。

 

最後になりましたが、関わってくれたすべての方々、本当にありがとうございます。

感謝しかありません。

 

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さて。

次はどんな面白いことをしようか。

 

 

[148日目・走歩行距離:30km]